国色芳華(こくしょくほうか)~牡丹の花咲く都で~2025年 全56話 原題:国色芳华 / 國色芳華 前半32話 / 锦绣芳华 後半24話
第1話あらすじ
第1集:新婦牡丹は夫に嫌われ、祖師に拝謁して花鳥使と知り合う
第1話 「裏門の花嫁、牡丹は涙を秘めて」
洛陽の街に、華やかな婚礼の行列が練り歩く。金の装飾が陽光を照らし、笛と太鼓の音が空を震わせた。だが人々の好奇の目が注がれたのは、その新婦――商家・何家の娘、何惟芳(かいほう)、字(あざな)は牡丹だった。名門・劉家の公子、劉暢(りゅうちょう)のもとへ嫁ぐというのだ。商人の娘が官家に嫁ぐなど、当時の価値観では“身の程知らず”と噂されても仕方のない結婚だった。
だが、誰も知らなかった。華やかな行列の裏で、牡丹が待っていたのは屈辱の婚礼であったことを。
劉邸に到着しても、彼女を迎える者はおらず、門は固く閉ざされた。裏口から入るよう命じられ、堂での拝礼も形式だけ。新郎の劉暢は酒に溺れ、侍童に支えられながらようやく姿を現した。彼の目には怒りと嫌悪が宿り、花嫁にかけられた言葉は祝福ではなく侮蔑だった――「この結婚は、俺の恥だ」。
こうして婚礼は冷たく終わり、牡丹は人里離れた離れに閉じ込められた。
夜更け、泥酔した劉暢が現れ、暴言を吐き捨てて立ち去る。「今後この部屋に一歩も入らぬ」と。侍女の玉露(ぎょくろ)が怒りに震える中、牡丹は静かに笑い、「気にすることはないわ。母が丹薬で少しでも良くなった、それで十分」と呟いた。
彼女がこの婚姻を受け入れたのは、劉家が持つ“御賜丹薬”を得て、病の母を救うためだった。愛も誇りも捨て、ただ母の命を繋ぐために。
翌春、牡丹が義母・劉夫人のもとで食事を供していると、劉夫人は玉露の帯飾りを目にとめ、「使用人がこれほどの宝玉を?」と冷笑し、それを強引に奪った。さらに劉暢が受験を控えていると聞くや、牡丹の持参金を使って賄賂を贈るよう命じた。
それを耳にした劉暢は烈火のごとく怒り、「俺を侮辱するつもりか!」と怒鳴り散らして去っていった。
屈辱と孤独の中でも、牡丹は気高く微笑んでいた。だが、福雲観への祈願を命じられると運命が動き出す。彼女は硬い地面に五時間跪き、義母の命令を黙々と受け入れた。その夜、眠ったふりをする監視の侍女・祥福を避け、裏庭へ忍び出る。そこには、かつて何家で働いていた老僕・林叔の姿があった。病弱な娘・九児のために、牡丹は金袋を差し出す。「これは私の願い、どうか受け取って」。その眼差しには、誇りを失わぬ商家の娘の強さが宿っていた。
林叔が腰を痛めたため、牡丹は代わりに花を祖天師殿へ捧げる。祭壇の前で、彼女は心の中の痛みを神へと吐露した――「夫に愛されず、家に蔑まれても構いません。ただ、母をお守りください。そして、劉家の欺きを天が罰してくださいますように」。
その時、一人の男が静かに現れる。白衣に身を包み、どこか異国の香を纏う。
「天師様に願うとは、珍しい娘だ」
「戯れはおやめなさい。あなたは神でも師でもない、ただの偽者でしょう」
毅然と告げた牡丹の声に、男は一瞬言葉を失う。その男こそ、花鳥使・蒋長揚(しょうちょうよう)。旅の途中で立ち寄ったこの観で、偶然にも“牡丹”という名の新婦と出会ったのだ。
蒋長揚は彼女の祈りを聞き、興味を抱く。彼女の気高さと孤独は、彼の心を静かに揺さぶった。
一方、劉暢は愛人・李幼貞(りようてい)からの手紙を受け取り、三年ぶりの再会を待ちわびていた。彼女を喜ばせようと、何惟芳が丹精して育てた牡丹の花を掘り起こさせる――その結果、花は半ば枯れ果てた。
それでも牡丹は諦めなかった。泥にまみれた花を抱きしめ、自らの手で再び根を整え、命を吹き込むように世話をする。その指先には、誰よりも強い“生きる力”が宿っていた。
華やかな婚礼の裏で咲く、一輪の牡丹。
その花が、やがて洛陽を揺るがす運命の始まりとなる――。
第2話あらすじ
第2集:賓客を招く宴で夫が初恋の相手と再会、壁越しに盗み聞きし母殺しの仇を悟る
春の日差しが劉邸の庭を照らす中、何惟芳(かいほう)は今日も静かに牡丹の世話をしていた。だがその花は、劉家のための飾りではない。亡き母が愛し、命の最後に残してくれた“形見”である。母はかつて帝より下賜されたという霊薬・紫犀丸を服して一時は快方に向かったが、ついに息を引き取った。その薬が偽物だったと知るのは、まだ先のことだった。惟芳にとって、この花を守ることこそ母との絆であり、劉家の冷たい扱いの中で唯一の救いであった。
一方、劉家では名門の県主・李幼貞(りようてい)が来訪するという報せに沸き立っていた。彼女は寧王の愛娘であり、かつて劉暢(りゅうちょう)の初恋の相手でもあった。幼貞をもてなす花宴の準備に邸中が慌ただしく動く中、同行してくるのは光禄寺少卿にして花鳥使――蒋長揚(しょうちょうよう)。洛陽でも名高い才人だが、何惟芳にとっては忘れ得ぬ顔だった。祖天師殿で出会った、あの“偽の天師”。思わぬ再会に、惟芳は運命の皮肉を感じる。
宴の日。県主の輿が到着し、劉家の者たちは勢揃いして出迎えた。だが蒋長揚は酔って輿の中で熟睡し、従者たちを慌てさせる。最後にのそのそと現れた彼を見て、惟芳は小さく笑った――「やはり、あの男」。
花見の席では、李幼貞が牡丹を手折って髪に挿そうとする。惟芳は思わずその手を止めた。「この花は未だ蕾、摘めば枯れます」。しかしその一言が火種となる。県主は顔を曇らせ、場の空気は凍りつく。慌てた劉暢が謝罪して取りなそうとするが、幼貞の胸には過去の想いと嫉妬が入り混じっていた。そんな緊張を一息にほどいたのは、飄々と現れた蒋長揚だった。「花も人も、時を待つものですよ」――その軽やかな言葉に場は和み、宴は再び華やぎを取り戻した。
日が傾く頃、豪奢な宴が始まる。舞姫が舞い、香が焚かれ、杯が重ねられる。しかしその裏で、清正社の刺客が蒋長揚の命を狙って潜んでいた。だが、花鳥使の名に恥じぬ彼は、刃が閃くや否や難なく制圧。まるで遊戯のように敵を倒し、「酒の邪魔をするとは」と笑って杯を掲げた。周囲は彼を称えたが、惟芳の目にはその傲慢さが映り、わずかな嫌悪が芽生える。「あの人は、何を信じて生きているのだろう」。
宴の終盤、余興として射的が催された。弓に秀でた劉暢は次々と的を射抜き、喝采を浴びる。だが蒋長揚の矢は一度も的に当たらなかった。それでも人々は彼を持ち上げる。惟芳はその光景に違和感を覚え、ふと彼の指先を見た――矢の軌跡が銅銭を貫いている。わざと外しながら、実力を隠していたのだ。惟芳は静かに息を呑む。男はただの風流人ではない。
宴が終わり、惟芳は劉夫人に花を自室の庭へ戻したいと願い出た。その折、侍女たちの会話を偶然耳にする。――紫犀丸は、劉家が何家を騙すために贈った偽物だった。
世界が音を失った。母を救うはずの薬が、命を奪った毒。すべては、劉家の“名門の誇り”のため。惟芳は唇を噛み締め、震える手で胸を押さえた。
夜更け、玉露は彼女を抱きしめて泣いた。「奥様、ここを離れましょう。今は時を待つのです」。惟芳は静かに頷いた。その瞳には涙の代わりに、冷たい炎が宿る。「母を殺した家で、私は微笑んでいたのね」。
翌朝、彼女は劉暢に離縁を申し出た。だが劉暢は激しく拒絶する。「お前に捨てられる筋合いはない!」
彼の心には、愛よりも世間体と屈辱があった。惟芳は冷ややかに微笑み、心で誓う――
“この花宴の日を、私は決して忘れない。母を奪った仇を、必ず討つ”。
その誓いが、彼女を復讐と愛の渦へと導いていく。
第3話あらすじ
第3話:嫁入り道具を調べた義妹が溺死、清算と更生を経て離縁の意思
劉邸では、県主・李幼貞(りようてい)の滞在が始まった。劉夫人は最上のもてなしを尽くしたが、幼貞の目には何もかもが不満だった。侍従が持ち込んだ調度品を取り替えようとするのを見て、彼女は冷ややかに告げる。「劉暢(りゅうちょう)は官人の子。商家の娘など妻にすべきではなかった。あの女が彼の出世を阻む」。その一言に、劉夫人はただ平伏して従うしかなかった。
さらに幼貞は、前夜の宴で起きた刺客騒動を持ち出し、何惟芳(かいほう)こそが失態の元凶だと断罪した。彼女の提案は苛烈だった――宴の準備に携わった者には八十の鞭打ち刑、惟芳本人には四十鞭。あまりの重罰に劉夫人は跪いて情けを乞うが、幼貞の表情は氷のように冷たい。
その場に劉暢が現れ、「家のことに県主の指図はいらぬ」と一喝。かつての恋人同士の間に、一瞬の静寂が流れた。幼貞は悲しげに微笑み、「全てあなたのためを思って」と呟くが、劉暢は皮肉を込めて返す。「あなたの一言で、我が家は血を見るところだった」。
夜更け、二人は再び顔を合わせた。懐かしい面影が蘇る中、幼貞は昔の玉佩(ぎょくはい)を取り出し、そっと劉暢の頬に触れた。三年前、彼女は王命で他人に嫁ぎ、劉暢は洛陽に左遷された。いま再び再会を果たしたが、二人の間にはかつての温もりも純粋さもなかった。
「あなたの部屋には、まだ私の肖像があるのね」と幼貞が囁くと、劉暢は息を呑んだ。誰にも話していないはずのこと――彼女が自分を監視しているのかと疑うが、幼貞はただ微笑み、「あなたを想っているから、すべてわかるの」と言い残す。
同じ頃、花鳥使・蒋長揚(しょうちょうよう)は洛陽の名家たちと夜宴を楽しんでいた。若き貴族たちが贈り物を競う中、蒋は笑顔で全てを受け取り、気に入った玉佩を従者・穿魚(せんぎょ)に放って渡す。その軽妙な振る舞いの裏に、惟芳への関心が密かに灯っていた。
その頃、劉暢の父・劉申(りゅうしん)は、惟芳が外出したとの報せを受ける。彼女が持参金で開いた店を売ろうとしていると知り、「止めよ」と命じた。劉家は今、県主と花鳥使の接待で莫大な費用を抱えており、惟芳の財産を処分しなければ維持できない。
「女のものなど、どうせ家の財だ」と劉申は言い放つ。
一方、惟芳は侍女・玉露(ぎょくろ)とともに橋を渡っていた。離縁すれば実家の父にも迷惑をかける。せめてこの店だけは守らねば――。しかし、道を塞ぐように劉申と執事が現れる。
「屋敷に戻れ。女が人前に出るものではない」
惟芳は毅然と背を向けた。だがその瞬間、玉露が家丁に突き飛ばされ、濁流に落ちた。
「玉露――!」
惟芳が悲鳴を上げて駆け寄ると、劉暢が駆けつけ、救出を命じた。だが玉露はすでに岩に頭を打ち、動かなかった。惟芳は膝をつき、嗚咽を押し殺した。
玉露は妹のような存在だった。幼い頃から共に育ち、唯一心を許せる人だった。だが劉家の者たちは冷淡で、劉申は「不幸な事故だ」と一言だけ告げて立ち去る。
その夜、惟芳は静かに目を閉じた。怒りも涙も乾ききった瞳に、凍るような決意が宿る。
翌朝、彼女は嫁入り道具をひとつ残らず調べ上げ、県主と花鳥使に貸し出されていた品をすべて回収させた。
「この家の一分一厘も、もはや私のものではない」
劉暢はそんな彼女の変化に気づき、せめて慰めにと小さな兎を贈る。しかしその贈り物を見た李幼貞は嫉妬に駆られ、兎をその場で叩き殺した。劉暢は激怒し、県主との湖遊の約束を断る。
沈黙の中、惟芳はただ一人、玉露の遺品――流れ着いた魚の腹に引っかかった玉佩を見つめていた。
その玉佩は、蒋長揚が持っていたものと同じだった。彼女は翌朝、彼にそれを返す約束をする。
愛も恩も、すでに終わった。
何惟芳はついに、心の底から劉家を離れる覚悟を固めた。
――その瞳に映るのは、悲しみではなく、冷ややかな決意の光。
第4話あらすじ
第4集:助っ人探しに牡丹が巧妙な罠を仕掛け、不倫を暴露して夫家の面目を失わせる
春の花が咲き誇る庭園で、劉申正(りゅうしんせい)は家族や客人を集め、盛大な花見の宴を催していた。その華やぎの中、何惟芳(かいほう)は一歩前に進み出ると、静寂を破るように声を上げた。
「蒋長揚(しょうちょうよう)殿の従者が身につけている玉佩は、玉露(ぎょくろ)のものです!」
ざわめく人々。蒋長揚は平然と、「これは陳章公子からの贈り物だ」と答える。だが陳章は慌てて、「それは劉家の執事が梱包して届けた」と白状した。劉申の顔色は瞬時に変わり、怒りを抑えられず執事を厳罰に処し、屋敷から追放した。
花見は一転して冷たい空気に包まれ、劉家の威信は地に落ちた。
人々が去った後、蒋長揚は玉佩を惟芳に返し、「これで玉露の無念も少しは晴れただろう」と言葉をかけた。だが惟芳の胸に湧き上がるのは、むなしさと怒りだった。――まだ何も終わっていない。彼女の心に、次の計略が静かに芽生えた。
その夜、再び宴が開かれた。蒋長揚は李幼貞(りようてい)の視線がしばしば劉暢(りゅうちょう)へ向かうのを見逃さず、「あなたの思いは、私にもわかる」とほのめかす。幼貞はその言葉を受け、気晴らしと称して水玉亭へ向かった。事情を知らぬ夫人や令嬢たちが同行しようとするが、蒋が巧みに引き止める。
静かな水玉亭。幼貞の前に劉暢が現れる。
「惟芳を離縁して、私とやり直して」と幼貞は切々と訴えた。
だが劉暢は首を横に振る。「今のあなたは、権勢で人をねじ伏せるだけの人だ。もう昔の優しい幼貞ではない」
その言葉に幼貞の瞳が揺れる。次の瞬間、彼女は衣を脱ぎ、肩に残る古傷をさらした。
「これは、あなたを想い続けた証です」
動揺する劉暢を抱きしめる幼貞。その瞬間、外では惟芳が静かに微笑んでいた。
惟芳はすでに周到な罠を張っていたのだ。牡丹の花見を口実に人々を水玉亭へ誘導し、簾を下ろしたその向こうには、乱れた姿の二人が――。
「いやああっ!」惟芳は泣き崩れ、声を上げた。
衆目は一斉に二人に注がれ、誰もが「劉家の過ちは明らか」と囁いた。世論は一気に惟芳へと傾き、劉家の体面は地に落ちる。
蒋長揚はその様子を見守りつつ、惟芳にそっと探りを入れる。彼女は機を見て劉申に離縁を求めた。しかし、彼は彼女の莫大な嫁入り財を狙い、返事を先延ばしにする。
だがこの騒動の裏には、さらに巧妙な芝居があった。惟芳は事件の前夜、密かに李幼貞を訪ねていたのだ。
「私は劉暢を愛していません。彼もまた、心にあるのはあなたでしょう。互いに欲しいものを得るのが最善です。私が身を引けば、二人は添い遂げられる」
惟芳の静かな言葉に、幼貞はかつて自分も政略結婚で苦しんだ過去を重ね、深く心を動かされた。二人は“仕組まれた不倫”という形で世間の目を欺き、劉家を揺さぶる策を練っていたのだ。
翌日、劉申は動揺を隠しきれず、再び袁術士を訪ねる。だがその袁術士は、すでに李幼貞に買収されていた。
「李県主こそ、劉暢の出世を助ける運命の人です」
この言葉を信じた劉申は、李幼貞に正式な婚儀を申し込み、寧王府に三書六聘を送る決意をする。一方、何惟芳については「自ら処分する」と語り、実質的な追放を示唆した。
しかしその動きを知った劉暢の胸には、かすかな反発が芽生えていた。
――なぜまた誰かの意のままに生きねばならないのか。
そして、これまで見えなかった何惟芳の強さと誇りに、彼は初めて真の敬意を抱き始める。
その頃、惟芳はすでに離縁の支度を整えていた。
だが、劉暢はそれを「ただの怒り」だと勘違いし、妻を慰めようと屋敷を飛び出す。
彼がまだ知らぬのは――その行動が、劉家の運命を決定的に変える一歩となることだった。
国色芳華~牡丹の花咲く都で~ 5話・6話・7話・8話 あらすじ

















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