国色芳華(こくしょくほうか)~牡丹の花咲く都で~2025年 全56話 原題:国色芳华 / 國色芳華 前半32話 / 锦绣芳华 後半24話
第5話あらすじ
第5集:暴行を働いた牡丹が夫に告発、暗躍に遭い生死の危機を辛くも逃れる
第5話 「血の訴え、命を懸けた離別」
夜の帳が下りる頃、劉暢(りゅうちょう)は酔いに任せて何惟芳(かいほう)の住まいへ踏み込んだ。激情に駆られた彼は惟芳を力ずくで抱え上げようとするが、惟芳は必死に抵抗し、二人は激しくもみ合う。次の瞬間、惟芳の頭が卓の角に当たり、鮮血がほとばしった。動揺する劉暢が手を伸ばすも、惟芳は涙に濡れた瞳で彼を睨みつけ、かすれた声で「触らないで」と叫んだ。劉暢は苦悶の表情を浮かべながらも、勢いよく扉を閉めて立ち去る。残された惟芳は崩れ落ち、鏡に映る自らの血だらけの姿を見つめながら決意した――このまま沈黙して終わるものか、と。彼女は震える手で鋏を取り、歯を食いしばって自らの肩を突き刺した。
一方その頃、蒋長揚(しょうちょうよう)は配下の穿魚(せんぎょ)から清正社の動向を報告されていた。彼らは「奸臣を討つ」と称して蒋を長安から洛陽まで追跡しており、危険は目前に迫っているという。蒋が冷静に指示を出していると、突然のノック音。開けると、血に染まった衣の惟芳が立っていた。彼女は「夫に暴行された」と訴え、正義の裁きを懇願する。蒋は冷徹な目で傷口を見つめ、その形状から自傷だと即座に察した。だが惟芳は怯むことなく、彼の手から団扇を奪い、ためらいもなく扇の柄で傷口を突き刺した。痛みをこらえて見せるその瞳に、蒋は深く息を呑んだ。
「……あなたは本気なのですね」
惟芳は頷く。「命を懸けても、理を通したい」
蒋はその覚悟に心を動かされ、彼女の正義を守ると約束する。
公堂では、劉家による家庭内暴力の裁判が始まった。しかし県令と劉申(りゅうしん)は結託しており、証拠を無視しては言い逃れを続けた。県令は惟芳を侮辱し、「夫に尽くさぬ妻」と断じて劉暢の暴力を正当化する暴言を吐く。群衆がざわめく中、蒋長揚が静かに立ち上がった。
「洛陽の法は、情ではなく理に従うものだ」
彼の言葉に合わせて、穿魚が法典を掲げ、条文を朗読する。蒋はさらに県令の汚職と職権乱用の証を突きつけ、場の空気を一変させた。観念した県令は即座に花鳥使の裁定に従うと宣言し、劉家の勝手な言い分は封じられた。
惟芳はもはや何も望まなかった。ただ一日も早く劉暢との縁を切り、自由の身になること。それだけだった。だが劉申は彼女の嫁入り道具を盾に時間稼ぎを図る。惟芳は毅然と、「三日で全て清算できます」と告げ、彼を黙らせた。
別れの時、惟芳は蒋長揚を見送りに来て、包みを手渡した。中には金や絹ではなく、香ばしい胡餅(こへい)が入っていた。
「返済はまだ先になります。でも、この餅は本当に美味しいの。長い道のりの糧にしてください」
惟芳の微笑みに、蒋は無言で頭を下げた。
だがその夜、劉申は密かに命じた――「あの女を消せ」。嫁入り金の大半を使い込んだ今、彼女が自由になれば家の不正が露見する。惟芳の部屋には下人が忍び込み、白い絹で彼女の首を締め上げた。息ができず、視界が滲む中、惟芳は手探りで火箸を掴み、渾身の力で相手の腹を刺す。呻き声が上がり、締めつけが緩む。その隙に惟芳は裸足のまま外へ逃げ出した。
騒ぎを聞きつけた劉暢が駆けつけると、庭の水桶の陰に身を潜める惟芳を見つけた。彼女の乱れた髪と震える肩を見て、胸が締めつけられる思いだった。
「俺が守る。どこにも行くな」
しかし惟芳は冷たく言い放つ。「あなたに何が決められるの? この家では、あなたも囚われの人でしょう」
言葉を失う劉暢。惟芳は裏庭の馬車へと駆け、嫁入り道具も離縁状も捨て、闇の中へと消えた。
劉申は使用人の失敗を知るや、すぐさま何家へ赴き「悪者先に訴える」策を実行する――惟芳が逃亡の罪人であると訴えるために。
その頃、血と汗にまみれた惟芳は、月明かりの下をただひたすら走っていた。背後に迫るのは、家の因習と権力の鎖。
だが、彼女の胸には確かに灯っていた――生き延びて、すべてを暴くという強い意志の火が。
第6話あらすじ
第6集:虎の口を脱し長安へ決意、生計を求めて牡丹は狼の巣へ
第6話 「虎の口を逃れ、狼の巣へ――長安の試練」
崖っぷちの夜風が吹き荒ぶ中、何惟芳(かいほう)は馬を駆って何家へと戻った。だが、彼女が門を叩いたときにはすでに遅かった。劉家の使者が先に到着し、巧みに事実をねじ曲げていたのだ。側室は惟芳を「夫の家で婦徳を失った恥知らず」と罵倒し、父までもが「一時の感情で家を壊すな」と諭した。惟芳は沈黙のまま膝を折り、冷たい床に手をついた。――この家にも、もう自分の居場所はない。
夜更け、彼女はわずかな荷物とともに再び家を出た。背中には、唯一の心の支えである玉露牡丹の鉢。暗闇の中、彼女はそれを抱きしめるようにして歩き出した。
その頃、劉家では追っ手が崖の端に落ちていた髪飾りを拾い、惟芳が身を投げたと報告した。劉暢(りゅうちょう)は激しく動揺する。父・劉申(りゅうしん)が惟芳を追い詰め、死に追いやったのだと悟った瞬間、胸の奥で何かが切れた。幼い頃から父に操られ、婚姻も出世も全ては家の意向に従ってきた。それでも今度ばかりは屈しなかった。
「もう傀儡にはならない。俺は李幼貞とは結婚しない!」
怒りに震える劉暢の言葉に、父は烈火の如く怒り狂い、家法による鞭打ちを命じた。痛みが肉を裂くたびに、劉暢は歯を食いしばって声を上げずに耐えた。母は泣きながら息子を抱きしめ、「父に逆らってはならぬ」と懇願する。だが彼は首を横に振った。
劉申はついに倒れ込み、苦々しく過去を吐露した。「かつて寧王を怒らせたがために我が家は洛陽へ追放された。李幼貞は恩を忘れず、今再び縁を結ぼうとしている。これは劉家が再び栄誉を取り戻す好機なのだ!」
家のため――その言葉に劉暢は目を閉じた。心の奥で、惟芳の面影が霞のように揺らめく。
一方その頃、惟芳は崖から身を投げてはいなかった。髪飾りを置き、死を偽装して追手を欺いたのだ。山を抜け、身なりを変え、わずかな金を握りしめて長安へ向かう。かつて母が残した「芳園」という屋敷がある――その記憶だけを頼りに。だが、たどり着いた屋敷には管理人の高管家の姿もなく、使用人たちも彼女を知らぬと首を振った。失意の中で門を離れた惟芳は、今はただ生きるために働くしかないと決意する。
だが、長安は外から来た者に冷たかった。戸籍のない女を雇う者などいない。日が暮れるまで歩き回った末、惟芳は大きな酒楼の灯りに惹かれて足を止める。中では女たちが忙しなく立ち働き、威勢のよい声が飛び交っていた。彼女が働き口を尋ねると、店主の王擎(おうけい)は人当たりよく笑い、「手続きを助けてやろう」と申し出る。しかしその笑顔の裏には打算があった。惟芳が身に着けていた玉の算盤を狙っていたのだ。
「戸籍の手続きの保証として、その玉算盤を預けてくれ」
惟芳は警戒し、書面での約束を求めた。交渉の末、彼女は給金と条件を取り決め、働き始める。だが、店の女将・五娘(ごじょう)は初日から敵意をむき出しにし、わざと惟芳にぶつかって皿を割り、「この女のせいだ」と騒ぎ立てた。王擎は表向き惟芳をかばうが、その眼差しには別の欲が宿っていた。
日が経つにつれ、惟芳はこの店が危険な場所だと悟る。五娘の嫉妬と王擎の執念。どちらも、彼女を餌食としか見ていない。
それでも逃げられない――生きるために、ここに留まるしかない。惟芳は夜ごと布団の中で震えながら、心の中でただ一つの言葉を繰り返した。
「私は、もう誰にも支配されない」
半月が過ぎても、王擎が約束した戸籍手続きは一向に進まず、ついに本性を現す。
「五娘を離縁して、お前を女将にしてやろう。その代わり、俺のものになれ」
惟芳は毅然として拒絶する。怒り狂った王擎は拳を振るい、彼女を殴りつけた。倒れた惟芳の頬を血が伝う。
――それでも、彼女は目を閉じなかった。
生き延びる。それだけが、今の彼女に残された戦いだった。
第7話あらすじ
第7集:旧友との再会で虎狼の巣から脱出、取引成立で戸籍問題決着
第8話あらすじ
第8集:五娘を救えば余生は全て勝意、狩猟場に入り蒋君が巧みに窮地を脱する
第8話 「勝意の誕生――再生の絆と狩猟場の駆け引き」
何惟芳(かいほう)は、王擎(おうけい)に囚われていた五娘(ごじょう)を救うため、十貫の銭を差し出すと申し出た。ただし条件は一つ――「離縁状を書き、五娘を自由にすること」。王擎は金に目がくらみ承諾するが、惟芳には支払いの当てがなかった。彼女は母の形見である玉のペンダントを外し、芸店主に差し出す。「これは私の命より大事なものです。どうか十貫、貸してほしいのです」。そのひたむきな願いに、周囲の者たちは息を呑む。蒋長揚(しょうちょうよう)もまた、惟芳の真の強さと誠実さを目の当たりにし、心を打たれた。
やがて離縁状を手にした五娘は、涙にくれた。長年の苦しみからようやく解き放たれたのだ。だが、王擎が金を数えて立ち去ろうとしたとき、蒋長揚が立ち塞がる。「王擎、あんたは庭の花を踏み荒らしたな。賠償を払え」。惟芳が専門家の目でざっと算出すると、その額はなんと二十貫。王擎はあっという間に手持ちを失い、さらに借金を背負う羽目になった。怒り狂う王擎が声を荒げると、蒋長揚は冷たく命じた。「穿魚、借金を返せないなら殴って帳消しにしてやれ」。
王擎が叩きのめされる姿に、五娘も惟芳も胸のつかえが下りたように笑った。
その後、五娘は惟芳に連れられて彼女の住処へ戻る。かつて荒れ果てた柴院が、惟芳の手で清らかに整えられ、花の香りに包まれた空間へと変わっていた。夕陽に染まる庭の縁側に並んで腰を下ろした二人は、これからの人生を語り合う。惟芳は五娘の新たな門出を祝し、「秦勝意(しんしょうい)」という名を授けた。「これからはすべてが思い通りに進むように」という願いを込めて――。互いに傷を抱えながらも、二人の心には久しぶりに希望の灯がともった。
翌日、生活の糧を求めて街に出た二人。惟芳は「人に雇われていては、また搾取される。自分の力で立たねば」と語る。彼女の目が止まったのは、道端で矮牡丹(わいぼたん)を売る商人だった。短い開花期を持つこの花に、彼女は商機を見出したのだ。金もないのに夢を語る惟芳を、勝意は半信半疑で見つめる。しかし惟芳の眼差しには、確信と情熱が宿っていた。
惟芳は蒋長揚のもとを訪れ、「確実に儲かる商売がある」と事業計画書を差し出した。「百貫の投資で、二ヶ月後には千貫に――さらに拡大すれば金塊になります」。蒋長揚は苦笑し、「絵に描いた餅は食えぬ」と冷ややかに言うが、惟芳は一歩も引かず、清涼山に矮牡丹が自生していると説いた。「明日掘りに行きます」。
その翌日、寧王(ねいおう)は家臣を率いて清涼山で狩猟を行い、蒋長揚も同行していた。蒋長揚は惟芳の無鉄砲さを案じていたが、やはり彼女は禁猟区の花を掘っていた。見つかれば死罪にもなりかねない。蒋長揚はとっさに矢を放ち、惟芳の髷を射抜いて「誤射」を装うと、駆け寄って彼女を軍営に連れ帰った。惟芳はすぐに察し、傷を負ったふりをして身を守る。
その夜、惟芳が寝たふりをしながら聞いたのは、寧王が蒋長揚に縁談を勧める声だった。「幼い頃からお前を息子のように思ってきた。そろそろ妻を迎えよ。李幼貞(りようてい)などどうだ」。だが蒋長揚は即座に拒んだ。「李幼貞は劉暢を想っています。私が奪うべきではありません」。その誠実な返答に、惟芳の胸はわずかに波打った。
そこへ李幼貞が急報を聞きつけ、馬を走らせて駆けつける。父が蒋長揚に縁談を迫っていると知り、慌てたのだ。蒋長揚は彼女の姿を見るや席を立ち、帳へ戻った。惟芳が飛び起き、「今日のあなたは狡猾ね。街の糊塗麺売りよりよっぽど巧い」と皮肉を放つと、蒋長揚は微笑みながら箱を開けた。そこには――寧王から下賜された、眩い黄金の印が輝いていた。
惟芳は息を呑む。
その印は、運命が再び動き始める予兆のように、煌めいていた。
国色芳華~牡丹の花咲く都で~ 9話・10話・11話・12話 あらすじ
















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