掌心~宮廷に響く復讐の鈴音~ 2025年 全30話 原題:掌心
第6話 あらすじ
夜の闇の中、全身血まみれの陸丹心が必死に森を駆け抜ける。何度も転びながら、それでも立ち上がり続け、ついに通泉県へと辿り着く。力尽きるように倒れ込んだ先は、かつてこの地で清廉な名を知られた御史・余乾の屋敷だった。偶然にも余乾は、地方監察のため一時帰郷しており、門前で血に染まった陸丹心を目にする。
陸丹心は、これまで自分や多くの女性たちが受けてきた凌辱と不正、そして権力者による横暴を、震える声で余乾に訴える。余乾は激しく憤り、「必ず公道を取り戻す」と誓う。その姿は、後に“正義の象徴”として語られるにふさわしいものだった。
しかし、その正義はあまりにも無防備だった。京城ではすでに郑元と杜梁が背後の巨大な権力と結託し、余乾を陥れる罠を張り巡らせていた。余乾は、民財を強奪し、民女を拉致したという濡れ衣を着せられ、弁明の機会すら与えられぬまま斬刑に処される。さらに余家三十余名が皆殺しにされるという、あまりにも凄惨な結末を迎える。この出来事は、後に葉平安(顧清)と陸丹心の人生を決定的に歪めた“原罪”として深く刻み込まれる。
場面は現在へ戻る。元少城は杜梁と対面し、一見すると立場を揺らがせているような言動を取る。しかしそれは計算された演技だった。彼は「軍饷の行方はすでに海宜平に伝えた」と告げ、さらに「海宜平がその半分を別院に隠そうとしている」と、杜梁の猜疑心を巧みに煽る。
この話を聞いた杜梁は、歓喜を隠せない。海宜平を失脚させる絶好の機会だと信じ込み、まんまと元少城の仕掛けた罠に足を踏み入れていく。
一方で、葉平安はこの流れを冷静に見据えていた。杜梁の貪欲さと短慮を誰よりも理解しているからこそ、「必ず食いつく」と確信していたものの、事態がどこまで暴走するかについては、彼女自身も読み切れてはいなかった。
元少城の兄・元贺生は、谷叔から弟が軍饷を巡る大計を進めていると聞かされ、深い失望を覚える。兄弟でありながら、自分だけが蚊帳の外に置かれていたことが許せなかったのだ。
しかし元少城は静かに語る。兄を信じていないのではなく、危険から守るためにあえて知らせなかったのだと。そして、この計画の背後には葉平安がいることも明かす。元贺生はその名を聞き、ようやく弟が一人で暴走しているわけではないと理解する。
深夜、元少城は葉平安の粗末な住まいを訪れる。二人は、今はまだ杜梁を排除すべきではないという点で一致する。杜梁は“駒”であり、真の黒幕を炙り出すための餌にすぎない。
たとえ相手がどれほど巨大な存在であっても、引き下がるつもりはない――二人の覚悟は、この夜、確かに重なり合う。
同じ頃、霓裳は密かに行動を進めていた。配下の晋夫子を齐君山の賭場に潜り込ませ、ついに帳簿を奪取する。そこには、賭博での“負け”を装って杜梁に賄賂を送った者たちの名前が克明に記されていた。
さらに晋夫子は、かつて通泉県から杜梁・郑元と共に京へ上った側近たちが、次々と不可解な死を遂げている事実を突き止める。それは明らかな口封じであり、杜梁たちがどれほど深い罪を重ねてきたかを物語っていた。
杜梁は、海宜平の別院に軍饷が隠されていると信じ、参军を率いて踏み込む。しかし、そこにあったのは静寂だけだった。
その一方で、海宜平は異様なまでに落ち着いている。彼は刑部尚书・张荃を通じ、厉俊に「今夜、何が起きても自分とは無関係だ」と含みを持たせた伝言を送る。すべてを見越したような態度は、彼が単なる善人ではないことを示していた。
そして夜が動く。杜梁が屋敷を空けた隙を突き、元少城と元贺生は邙沟の民を率いて杜府へ向かう。後院に火を放ち、混乱を引き起こす一方で、真の狙いは別にあった。
軍饷は、音もなく杜府の内部へと運び込まれる。
“鼠が象を倒す”――卑小と見下された者たちが、巨大な権力を内側から食い破る瞬間だった。
別院で空振りに終わった杜梁が屋敷へ戻ると、そこには山のように積まれた軍饷があった。ようやく自分が完全に欺かれたと悟るが、すでに手遅れだった。
そこへ現れる葉平安。彼女は鈴の音を使い、杜梁の心を揺さぶる。炎、叫び、死者の顔――かつて彼が踏みにじった命の幻影が押し寄せ、杜梁は錯乱する。それでもなお、彼の本性である凶暴さは失われない。
元少城は杜府を完全に包囲し、葉平安に問いただす時間を与える。御史案の真の黒幕に迫ろうとした、その刹那――
密告を受けた厉俊が踏み込み、葉平安を「軍饷不正移送」の罪で拘束する。真相に辿り着く寸前で、道は断たれた。
連行される葉平安は、元少城を振り返る。その胸に去来するのは、不安と疑念――
もしかすると、自分自身もまた、この男の描いた盤上の一枚に過ぎなかったのではないか。
こうして第06集は、協力と裏切りの境界が曖昧になる中、より大きな闇へと物語を押し進めて幕を閉じる。
第7話 あらすじ
葉平安は、冷たく暗い地牢の中で縄に縛られ、想像を絶する拷問を受けていた。焼き鏝が肌に押し当てられるたび、肉の焼ける匂いと激痛が走る。そのすぐ傍らでは、海宜平がまるで別世界の出来事であるかのように静かに碁を打っている。碁石が一つ盤上に置かれるたび、葉平安の身体には新たな烙印が刻まれる。この残酷な対比は、海宜平という人物の冷酷さと、彼がこの状況を完全に支配している事実を雄弁に物語っていた。
一方、霓裳や陸丹心たちは必死に葉平安の行方を探っていた。霓裳は、今回の件が元少城の裏切りによるものではないかと疑い、杜梁に受けた拷問の報復ではないかと考える。しかし陸丹心は冷静だった。もし葉平安が本当に裏切られたのであれば、自分たちにもすでに手が伸びているはずだ、と。実際に葉平安を連行したのは酷吏・厉俊であり、それは別の意図が働いている証拠でもあった。采蓮は、厉俊の手に落ちた葉平安が「生き地獄」を味わっているのではないかと気が気でならず、今にも助けに行こうとする。
意識が朦朧とする中、葉平安は幻を見る。ぼさぼさの髪をした一人の女性が、静かに近づき、傷だらけの頬に手を伸ばす。その腕には、はっきりと花の印が刻まれていた。御史案で命を落とした者たちの象徴のようなその姿に、葉平安は微笑を浮かべる。苦痛の中でも、彼女の心は折れていなかった。
その頃、元少城は海宜平に呼び出される。海宜平は、葉平安との関係を探るような口ぶりで問いかけ、さらに「今は昇進の正念場だ。何を助け、何を切るべきか、よく考えよ」と忠告する。その言葉は理にかなっているが、同時に冷酷でもあった。元少城は反論できず、胸に重いものを抱えたまま屋敷へ戻る。
元贺生は、そんな弟の異変にすぐ気づく。元少城は初めて、葉平安に対する自分の本音を吐露する。最初は詐欺師だと思っていたが、知れば知るほどそうではないと分かってきた、と。元贺生は、元少城が感情に流される人物ではないことを知っているからこそ、「それでも彼女を救わないのか」と問いかける。迷いを見抜いた兄は、一枚の銀銭を差し出し、「天に決めさせろ」と言う。元少城は銀銭を投げ、手の甲で受け止めるが、覆い隠したまま結果を見ようとしない。その仕草は、すでに彼の心が決まっていることを示していた。
地牢では、厉俊が葉平安を執拗に追及していた。軍饷失踪の黒幕を吐けと迫るが、葉平安は「杜梁が主犯だ」と言い切る。厉俊は一蹴する。五品郎中ごときが、これほど大胆な犯罪を単独で行えるはずがない、と。
葉平安は逆に厉俊を嘲る。彼が本当に欲しいのは真実ではなく、「高官や貴胄が地に落ちる姿を見る快感」なのだと。図星を突かれた厉俊の目には、むき出しの殺意が宿る。
同じ頃、海宜平は吏部尚書・張尚书と碁を打っていた。そこへ配下の程烩が報告に来る。元少城が杜梁の府から軍饷を発見し、杜梁を捕らえたこと、そして杜梁は「事故死」として処理されたことが伝えられる。実際には程烩が密かに殺害したのだ。
海宜平はその手際を評価し、程烩を吏部に配置し、家族の安泰も約束する。しかし同時に、葉平安を今夜中に始末せよと命じる。そして用心深くも、程烩の動向を監視させる。
密室では、海宜平が覆面の人物に報告を行っていた。彼は、葉平安が最初はただの「替え玉」だと思っていたが、やがて自らの力で官職を得、杜梁の贪墨を突き止め、自分をも利用しようとしたことを語る。さらに、母の寿宴で見かけた妾の腕の七葉昙花の印を使い、海嫣に絵を描かせたことで、葉平安が御史案の生き残りであると確信したと明かす。覆面の男は冷酷に言い放つ――「その女は生かしておけぬ」。
葉平安は、自分が殺される流れを理解していた。そこで彼女は逆に厉俊の嗜好を利用する。即死ではなく、じわじわと苦しめる方法を提案し、厉俊の興味を引く。その隙に牢へ戻されるが、そこへ毒を持った程烩が現れる。
葉平安は静かに告げる。「私を殺せば、あなたも用済みになる」。さらに杜梁が賄賂に使った帳簿が黒市の魚屋にあると教える。大功を立てられると聞いた程烩は、毒を置いて去っていく。
元少城は夜通し腰牌を打たせていた。谷叔は、彼の苦悩を察し、身体を壊すと諭す。元少城は自分の手が血で汚れていると感じ、それを洗おうとしても、洗えば洗うほど汚れていくようだと吐露する。それでも彼は、葉平安が自ら生き延びる力を持つことを願っていた。でなければ、この先の修羅場を共に進めないからだ。
やがて厉俊は、葉平安を殺そうとする別の勢力の存在に気づく。葉平安はそれを利用し、「刺客を追えば、背後の大物に辿り着ける」と囁く。
程烩は黒市の魚屋へ向かうが、そこには陸丹心や采蓮、そして厉俊が仕掛けた罠が待っていた。程烩は逃走するも、途中で海宜平の差し向けた者に殺される。厉俊は空の銅軸を見て激怒し、葉平安を殺しに戻ろうとするが、伍显儿が聖旨を携えて現れ、葉平安の即時釈放を命じる。
実は葉平安は、すでに聖上に面会し、命の保証を取り付けていた。軍饷は確保しているが、背後の黒幕を炙り出すため、あと二日だけ秘匿したい――その願いは聞き入れられていたのだ。
軍饷案の後、元少城は昇進し、齐君山の調査を密命として受ける。杜梁の件も全て国庫に納め、さらに戸部への疑念を口にするが、聖上は証拠が揃うまで待てと諭す。
後日、元少城は葉平安を見舞う。昇進を祝われるが、彼はそれを素直に受け取れない。葉平安は、彼が善良でありながら、出自ゆえに全てを得られない苦しみを理解していた。「変えたいなら、一人之下万人之上になるしかない」。その言葉は、元少城の胸に深く刺さる。
彼は玉簪を贈るが、葉平安は自分の木簪を選ぶ。落ちても砕けないから、と。
薬を塗る最中、葉平安は突然元少城の手に噛みつき、「私は恨みを忘れる女ではない」と告げる。元少城は怒ったふりで立ち去るが、その背中には微かな笑みが浮かんでいた。
第8話 あらすじ
龍門場と呼ばれる闇の賭博場では、今日も命を賭した壮絶な相撲試合が行われていた。屈強な大男同士が死力を尽くしてぶつかり合うその場に、仮面をつけた葉平安がひっそりと姿を現す。龍門場は単なる娯楽の場ではなく、権力と欲望、そして血が渦巻く場所であり、ここが今後の政争と復讐の重要な舞台になることを、この時点で葉平安はすでに見抜いていた。
一方、宮廷では深刻な問題が発生する。皇帝は塩税から軍費を捻出しようとするが、戸部の帳房が突如として火事に見舞われ、重要な帳簿が焼失してしまう。この事態に激怒した皇帝は、戸部尚書を即刻罷免。後任を巡り、海宜平と礼収元が意見を求められる。海宜平は薛仲山を推挙するが、礼収元は「才はあっても徳がない」と強く反対する。最終的に皇帝は、清廉で名高い幽州の季青天を戸部尚書に任命し、薛仲山は戸部侍郎へと降格同然の配置換えとなる。表向きは人事だが、その裏には礼氏一族と反礼氏勢力の静かなせめぎ合いが存在していた。
葉平安は陸丹心と現在の情勢を分析する。杜梁の死後、彼と関わりのあった人物が次々と姿を消していることに違和感を覚えた葉平安は、「人」ではなく「物」に目を向けるべきだと考える。見落とされがちな物証や痕跡こそが真実へ繋がる――そのためには、新たに昇進した元少城の力が必要だった。大理寺で訓示を行う元少城は、自身が貧民街・盲溝の出身で「鼠」と蔑まれてきた過去を語りつつ、それでも不正を許さぬ覚悟を示す。その姿勢は真っ直ぐだが、あまりにも危うくも見えた。
元少城は就任早々、龍門場の摘発に乗り出す。ここは礼氏一族とも深く関わる場所であり、礼収元の孫・礼乾兆が激しく反発する。「たとえ閉鎖しても、また別の場所で開けばいい」――その言葉は、権力者の驕りと挑発そのものだった。案の定、元少城は弾劾され、皇帝の前で弁明することになるが、彼は逆に「龍門場を包み、ぜひ陛下ご自身の目でご覧いただきたい」と申し出る。龍門場は文帝が民のために築いた施設であり、そこで命が弄ばれている現状は、先帝の志を汚すものだと訴えるのだった。
その頃、都では不可解な“怪異”が起こり始める。夜回りの更夫が「鬼」を目撃し、巡回兵が追いかけた先には荒れ果てた屋敷と、得体の知れぬ仕掛けが残されていた。翌朝、霓裳から話を聞いた葉平安は恐怖するどころか、どこか楽しげに笑う。これは怪異ではなく、人為的に仕組まれた芝居――すなわち「誰かが皇帝を龍門場から遠ざけようとしている証拠」だと見抜いたのだ。葉平安は元少城にそう告げ、代わりに条件として巻宗(過去の事件記録)を調べる許可を求める。二人は互いの思惑を理解しつつ、芝居に付き合うことを選ぶ。
やがて、街に再び“鬼”が現れ、銅人形が夜道を歩く騒ぎへと発展する。追い詰められた先で見つかったのは罠と、雪のように白い玉で作られた鸚鵡だった。葉平安はこれを利用し、皇帝のもとへ赴く。彼女は夢の中で「白い鸚鵡が人の言葉を話し、やがて小さな銅人に変わった」と語り、直後に「祥瑞」として白玉の鸚鵡発見が報告される。皇帝はすべてを悟り、「自分を来させたくない者」と「来させたい者」がいることを理解した上で、正体を隠して龍門場へ向かう決断を下す。
仮面をつけた高官たちは、皇帝不在をいいことに残虐な試合を要求し、血にまみれた拳闘を見て喝采を送る。その背中を、同じく仮面をつけた皇帝が冷ややかに見つめているとは知らずに。人の命を娯楽として消費する光景に、皇帝の怒りは静かに、しかし確実に積もっていく。
一方、密室では海宜平が謎の蒙面人と密会していた。彼は葉平安を殺さなかった理由を、「今はまだ使い道がある」と語り、礼氏一族を排除するための“刀”として利用するつもりであることを明かす。七葉昙花の烙印を見せたのも、すべては彼女を復讐へと導くための計算だった。
そして物語は、静かな恐怖で幕を閉じる。元少城の護衛・顧文宇は、想い人の采莲に告白し、密かな逢瀬を約束する。幸せな期待に胸を弾ませる采莲だったが、身支度の最中、腕に巻かれた布の下から――七葉昙花の烙印が現れる。その印が意味するものは何か。復讐の鈴音は、すでに最も近い場所で鳴り始めていた。
第9話 あらすじ
大将軍・伍安康が凱旋し、朝廷は久々に武功を称える華やかな空気に包まれる。大殿では皇帝から多くの褒賞が与えられ、妹の伍顕児も兄の栄誉を我が事のように誇らしく感じていた。しかし、儀礼が終わっても皇帝は伍安康を下がらせず、そのまま群臣の奏章を聞かせ、意見を述べるよう促す。これは単なる信任ではなく、彼の考えや立場を見極めようとする、皇帝の静かな試金石でもあった。
最初に進み出たのは元少城である。彼は龍門場の封鎖を強く訴え、賤籍から抜け出す希望を餌に人々を死闘へ追い込み、結果として多くの命が無為に失われている現状を「修羅場」と断じる。だが、この訴えに対し、多くの重臣が反発する。すると皇帝は突如、大きな鉄の檻を運ばせ、反対した二人の臣に「中で戦い、生きて出てきた者を左相にする」と命じる。たちまち二人は顔色を失い、命乞いをする。皇帝は、龍門場を娯楽として楽しみながら命の重さを語る資格はないと、痛烈に群臣を叱責する。
皇帝は龍門場の廃止を示唆するが、ここで伍安康が異を唱える。龍門場は文帝が創設したもので、罪があるのは制度ではなく、それを歪めた人間だと述べ、武芸に秀でた者を朝廷で登用する「比武の場」として再編すべきだと提案する。この案は、武と人材登用を重んじる皇帝の意向に合致し、即座に採用される。さらに元少城は、武だけでなく文でも道を開くため筆試の実施を提案し、合格者は賤籍を免除すべきだと進言するが、梅閣老は改革が急進的すぎ、社会不安を招くと慎重論を唱える。皇帝はこの意見を取り、元少城の案を退けるが、彼の理想が完全に否定されたわけではなかった。
続いて議題となったのは、王子の和親である。前例がないとして群臣は一斉に反対するが、皇帝は「何事にも初めてはある。私も初の女帝だ」と一蹴する。伍安康も国家のためならば性別は問わないと支持し、反対派は沈黙せざるを得なくなる。ここでも皇帝の決断力と、伍安康との思想的な共鳴が際立っていた。
場面は変わり、葉平安、霓裳、采蓮が院で語らう穏やかなひととき。だが采蓮の様子に陰りがあり、顧文宇から想いを告げられたこと、そして自分には幸せを望む資格がないと感じていることを打ち明ける。廃院から逃げ出した過去、世間から「自ら穢れた道を選んだ女」と蔑まれ、父が肩身の狭い思いをしてきた現実。復讐も果たせていない自分が恋をしていいのか――その言葉は痛切だった。葉平安は、自分もまた過去の因果から逃れられない存在だと胸を締め付けられつつ、采蓮に「結果がどうであれ、向き合うこと自体が前へ進むことだ」と優しく背中を押す。
一方、伍安康と伍顕児は帰宅し、父・伍由敬と再会する。伍由敬は病を装って朝議を欠席していたが、伍安康の凱旋を喜び、顕児には佩剣を贈る。皇帝の意図について語り合う中で、伍安康は兵権回収を警戒しつつも、武人として戦場に立ち続けたいと譲らない。父は京での処世を勧めるが、兄妹はそれぞれの道を選び、父の言葉は届かなくなりつつあった。
葉平安は求めていた巻宗を見つけられず、それが海宜平の手に渡っていることを知る。元少城は独自の策を進めており、そのため葉平安には真実を告げなかった。霓裳の調べで、かつて巻宗を管理していた役人が罷免され、その命令を出したのが海宜平であることが判明する。葉平安は海宜平を訪ね、海嫣の様子を気遣うふりをして探りを入れる。海嫣は絵を描く無垢な少女で、七葉昙花の烙印の絵を見せられても何も知らないと答える。その純粋さに、葉平安は一瞬だけ安堵の笑みを浮かべる。
海夫人から語られる過去――御史・余乾の冤罪と処刑、火事で焼けた巻宗、そして梅閣老の介入。余乾は海宜平の親友であり、救えなかった後悔が一家の影となって残っていた。霓裳も礼収元側から同様の事実を掴み、葉平安たちは余乾事件こそが、すべての始点だと確信する。
その夜、伍顕児は葉平安を誘い、万国香を貸し切って宴を開く。霓裳の奏でる《木蘭辞》に合わせ、顕児は剣舞を披露し、その剣を葉平安に投げ渡す。酒を飲み干した葉平安も見事に舞い、巾幗不譲鬚眉と称賛される。その様子を二階から見ていた伍安康も降りてきて喝采を送る。そこへ元少城が現れ、皮肉を口にするが、伍兄妹は相手にせず、むしろ嘲笑する。伍安康は翌日、龍門場での手合わせを元少城に挑む。
宴の最中、新たな舞姫・黎歌が舞うが、足を滑らせて倒れた瞬間、腕に刻まれた七葉昙花の烙印が露わになる。それを見逃さなかったのは葉平安だった。烙印は、偶然ではありえない。復讐の糸は、また一つ確実に結び直されていくのだった。
第10話 あらすじ
七葉昙花の烙印を見つめながら、一人の女が絶望に沈み、ついには自らの手首を刃で切り裂く。傷は肉体だけでなく、心に刻まれた屈辱と恐怖そのものだった。葉平安は、この烙印がもはや偶然ではなく、確実に人を追い詰める“印”であることを改めて確信する。
帰宅した葉平安は、黎歌の腕にあった七葉昙花の烙印について陸丹心に報告する。そして彼女は、あえて正面から黎歌に近づくことを選ぶ。黎歌の部屋を訪れ、他愛のない会話から酒を勧め、やがて「心当て」の遊びを提案する。葉平安は黎歌の心の奥を次々と言い当て、黎歌は負けるたびに酒を飲まされる。やがて黎歌は異変を察し、「あなたは何者なの」と問いかけるが、葉平安はなおも核心を突く。ついには自ら酒を注ぎ、自分も飲み干すことで敵意ではないことを示す。
すべてを見透かされたことに動揺した黎歌は、葉平安が官に関わる者だと知り、今日のことを誰にも言わないでほしいと懇願する。葉平安は烙印について問いただすが、黎歌は言葉を失うほど怯え、その恐怖が真実の重さを物語っていた。
一方、伍家では伍由敬が娘・伍顕児に対し、十分に寄り添えなかったことを悔やむ。しかし伍顕児はそれを責めることなく、父が自分を皇帝の前へ導いてくれたからこそ、今の自分があるのだと感謝を口にする。だが屋敷を出た瞬間、伍顕児の脳裏には、かつて出家を決意し、振り返ることなく去っていった母の背中が蘇る。母を引き止めようと地に跪き泣き叫んだあの日の記憶が胸を締め付け、伍顕児は人知れず涙を流す。
采蓮は約束通り顧文宇と会い、はっきりと別れを告げる。御史案に関わる過去、消えない傷、それらが自分たちの間に影を落とすと考えたのだ。だが顧文宇は、氓溝で生きてきた自分にとって過去も含めて人生であり、逃げることはできないと語る。どんな選択をしても、采蓮の傍にいる――その言葉は重く、優しかった。
葉平安が帰宅すると、家の前に棒を持った人影があり、一瞬身構える。だがそれは襲撃者ではなく、助けを求める人々だった。布坊の工人たちが賃金をもらえず、店主と衝突し、命に関わる騒ぎになりかけているという。葉平安が仲裁に入り、店主に真実を語らせると、背後には礼宗旭の名が浮かび上がる。しかし「大善人」として名高い礼宗旭を、人々は信じようとしない。葉平安は微笑み、「明日、少し苦労をしてもらうだけ」と意味深な言葉を残す。
白笙は身重となり、元贺生と共にこの地を離れたいと願う。だが元贺生は兄・元少城との関係を案じ、決断できずにいる。白笙は兄弟の情を理解しつつも、未来のために一歩踏み出す必要があると訴える。
元少城と伍安康は、約束通り龍門場で拳を交える。伍安康は、元少城を「権力にすり寄る者」と厳しく断じるが、元少城は自嘲気味に、どんな立場であろうと自分は脅威ではないと返す。激しい組み打ちの中で、二人は互いの鬱屈をぶつけ合い、やがて拳を交わして笑い合う。そこにはかつての少年の面影があり、元少城は酒を酌み交わそうと提案し、伍安康もそれを受け入れる。
顧二娘との会話の中で、葉平安は改めて黎歌こそが御史案に連なる人物だと感じる。だが線索があまりにも都合よく現れたことに、一抹の不安も覚える。顧二娘は「天があなたを哀れんでいるのかもしれない」と語る。
元少城が龍門赛を中止したことで、氓溝では不満が噴き出す。賤籍の者たちにとって、龍門は唯一の希望だった。谷叔だけが元少城を庇い、彼が長年この地を守ってきたことを訴えるが、人々の失望は大きい。鍛冶屋もまた、子どもの未来のために龍門に賭けていたと語り、元少城は何も言えず氓溝を去る。
その頃、礼宗旭は徐清の後押しで「大善人」としての名声をさらに高め、民を集めて宴を開く。人混みに紛れた葉平安を、伍安康は鋭く見つめていた。そこへ、全身傷だらけの布坊の店主・蔡允が現れ、工人に殴られたと訴える。礼宗旭は人前で善行を示すため、すべてを自分が引き受けると宣言し、賃金を支払って布坊の営業再開を約束する。それこそが、葉平安の狙いだった。
伍安康は一連の流れが葉平安の策だと見抜き、密かに称賛する。酒の席に誘うが、蔡允の診察を頼まれ、葉平安は医師として彼の家を訪れる。病は重く、刺激を避けるよう告げることしかできなかった。
その夜、黎歌が自ら葉平安を訪ねてくる。葉平安はそれを予期していた。黎歌は、自分が農家の娘で、過酷な税に追われ、望まぬ結婚で虐げられ、逃げた末に花娘に売られた過去を語る。葉平安は鈴を鳴らし、黎歌を心の深層へ導く。そこでは恐怖が和らぎ、言葉が自然に溢れ出す。黎歌は、誰も傷つけたくないと願いながら、自分だけが傷ついてきた人生を吐露する。葉平安は、もう他人のために自分を犠牲にする必要はないと告げる。
目を覚ました黎歌は、不思議なほど心が軽くなっていた。葉平安は、いつでも来ていいと優しく告げ、ついに烙印の真実を尋ねる。黎歌は覚悟を決め、半年前に身を委ねた男こそが礼宗旭であり、彼に近づく女には皆、七葉昙花の烙印が刻まれるのだと明かす。
椅子に座り、葉平安はその言葉を反芻する。脳裏に浮かぶのは、傷だらけで声を上げられなかった一人の少女の姿だった。復讐の根は、いま確かに“人の心”へと辿り着いていた。
掌心~宮廷に響く復讐の鈴音~ 11話・12話・13話・14話・15話 あらすじ
掌心~宮廷に響く復讐の鈴音~ 各話あらすじ キャスト・相関図















この記事へのコメントはありません。