山河枕(さんがしん)~Promise of Love~2025年 全40話 原題:『山河枕』
第6話あらすじ
第6話は、衛家の無念と、それを目の当たりにした人々の反応、そして楚瑜の必死の訴えによって衛韞が赦免へと向かう大きな転換点が描かれる重要な回です。冒頭では、白い喪服をまとった六人の女性たちが静かに跪き、その後ろには衛氏一族の人々が位牌を抱えて並ぶという、痛ましくも厳かな場面が広がります。夜になると風雪はいっそう激しさを増し、長時間にわたって跪き続けた者たちは次々と力尽きて倒れていきます。それでも老いた者や女性、子どもたちは立ち上がろうとせず、夜を徹してその場に留まり続けます。その姿は、衛家がいかに多くの犠牲を払い、どれほど深い悲しみの中にいるかを無言のうちに訴えていました。
翌朝、朝廷へ向かう官吏たちもこの光景を目にして胸を打たれます。吏部侍郎の張安は、英霊への敬意から、あえてその場を避けて別の門から入宮しようとします。彼にとってそれは自然な哀悼の表れでしたが、曹衍はそれを偽善だと嘲り、平然と正門を通っていきます。この対比によって、同じ朝廷の人間でも衛家に対する見方や人としての器量が大きく異なることがはっきり示されます。
一方、楚臨陽は傷が癒えぬ身でありながら、久しぶりに官服をまとって朝廷へ向かう決意を固めます。鳳陵城から戻って以来、彼は負傷のために長く朝を休んでいましたが、今こそ動くべき時だと判断したのです。祖母の謝韻は彼の身体を案じて強く反対し、妹の楚錦も感情的に引き止めますが、楚臨陽の意思は揺らぎません。彼の行動からは、単なる義憤ではなく、楚瑜のため、そして自分の信じる正義のために立ち上がろうとする強い覚悟が伝わってきます。
朝堂では衛韞の処遇をめぐって意見が真っ向から対立し、皇帝も決断しきれず揺れ動いていました。そこへ長公主・李長明が現れ、空気が一変します。彼女はまず太子の李環に発言を促し、李環は衛韞の赦免を願い出ます。さらに李長明自身も進み出て、大遂のために命を落とした七万の兵の心を寒くしてはならないと訴えます。長公主のこの一言は非常に重く、衛家の問題が単なる一族の不幸ではなく、国家の忠義と名誉に関わるものだと朝廷全体に思い出させる役割を果たしました。これに多くの官吏も同調し、ついに皇帝は楚瑜に会う決意をします。
楚瑜は疲弊した身体を押してなお、理路整然と自らの願いを述べます。ただ泣いて情に訴えるのではなく、理と情の両方をもって皇帝の心を動かしていく姿は見事で、彼女の胆力と聡明さが際立つ場面です。皇帝は次第に態度を軟化させ、衛韞を朝堂へ連れてくるよう命じます。しかし、実際に現れた衛韞の姿は皆の想像を超えるほど無惨なものでした。皇帝は単に拘禁を命じただけで、拷問までは許していなかったにもかかわらず、衛韞はまともに立つことも跪くこともできず、その場に崩れ落ちてしまいます。これを見た皇帝は激怒し、曹衍は慌てて罪人だから相応の懲らしめを受けただけだと弁解しますが、衛韞は残る力を振り絞って彼を問いただし、その言葉に曹衍は反論できません。
追い詰められた曹衍は寧国公に助けを求めますが、情勢が不利だと見るや、寧国公は即座に彼を切り捨てます。ここには権力者の冷酷さがよく表れており、曹衍もまた利用されるだけの駒に過ぎなかったことがわかります。皇帝はその場で曹衍の投獄を命じ、衛韞はようやく赦免されます。しかし彼の赦免は決して晴れやかなものではなく、傷だらけの身体を引きずって宮門を出る姿は、勝利というよりも壮絶な生還と呼ぶべきものです。
その宮門の外では、楚瑜が位牌に囲まれながら一人で跪いています。赦免がかなったはずなのに、その姿はなお痛々しく、衛韞の孤独と並ぶほどの凄絶さを帯びています。衛韞はそっと近づき、持っていた傘を楚瑜の方へ差し掛けます。意識も朦朧とする中で楚瑜が顔を上げ、そこに衛韞の姿を見る場面は、この回の中でも特に静かで心を打つ瞬間です。ふたりの関係がただの義理や約束ではなく、苦難を共にしたことで少しずつ変化し始めていることを感じさせます。
後半では、李長明と皇帝の過去も語られます。皇帝は久しぶりに会った妹と兄妹らしい会話を交わそうとしますが、李長明は冷淡です。かつて皇兄が帝位を継ぐために必要だった節度使の支持を得るため、彼女は遠方へ嫁がされ、その婚姻生活で深い苦しみを味わってきました。この過去は兄妹のあいだに消えない溝を残しており、皇帝の中にも罪悪感が根強く残っています。李長明が衛家のために声を上げた背景には、ただの義憤だけでなく、自分自身もまた政治に翻弄されてきた女性であるという痛みがあるのだと感じさせます。
さらに、衛韞は治療を受けながらも終始楚瑜の安否を気にかけ、楚臨陽は楚瑜を衛府から連れ戻そうと訪れます。しかし楚瑜は真相究明のために衛府に残る決意を崩しません。その頃、顧楚生が朝廷で衛家をかばわなかったことに怒る寧国公は、熱い茶を使って彼をいたぶるように忠誠心を試します。顧楚生は熱さに耐えながら茶を飲み干し、その屈従と野心が印象的に描かれます。こうして第6話は、衛韞の赦免という大きな出来事の裏で、朝廷内の思惑、兄妹の因縁、そして楚瑜をめぐるそれぞれの立場が鮮明になっていく回となっています。
第7話あらすじ
第7話では、衛韞が深い喪失感と孤独の中でもがく一方で、楚瑜が衛府に残る覚悟をさらに強め、顧楚生や寧国公の思惑も交差していきます。表向きは静かに見える回ですが、人物たちの本心や立場が次第に浮き彫りになっていく、非常に見応えのある内容です。
前回、王靖之から厳しく試された顧楚生は、手を火傷しながらも耐え抜き、その忠誠と頭の回転を示しました。王琳琅はそんな顧楚生の傷を見て心から心配し、すぐに駆け寄って彼の手に息を吹きかけて痛みを和らげようとします。その姿からは、彼女が顧楚生に対して特別な思いを抱いていることがうかがえます。一方の王靖之は、娘の気持ちも察しつつ、顧楚生に弁明の機会を与えます。顧楚生は聖上の意図を冷静に分析し、自分なりの見解を筋道立てて語ります。それを聞いた王靖之は納得し、先ほどまでの怒りを収めます。そして空いた大理寺卿の座に顧楚生を推そうとまで言い出し、彼に更なる働きを期待します。これはまさに飴と鞭で人を操る寧国公らしいやり方であり、顧楚生もまたその恩恵を受ける代わりに、より深く王家の思惑に絡め取られていくことになります。
顧楚生は、衛府が寧国公にとって排除すべき存在であることをよく理解していました。そして楚瑜がそこに居続けることは、楚瑜自身にとっても自分にとっても不利にしかならないと考えます。そのため、どうにかして楚瑜を衛府から引き離そうと決意します。彼のこの行動には、楚瑜を守りたいという気持ちがまったくないわけではありませんが、それ以上に自らの立場と野心を損ねたくないという打算がにじんでいます。
その頃、衛韞の身体の傷は少しずつ癒えていきますが、心の傷はむしろこれから深まっていきます。牢で拷問を受けていた間は生き延びることに必死で、家族を失った悲しみに向き合う余裕すらありませんでした。しかし身体が回復し、静けさが戻ると、父や兄たち、母との記憶が次々とよみがえります。屋敷はもう以前のような賑わいを失い、頼るべき家族もいません。衛韞はまるで傷ついた獣のように自分の殻に閉じこもり、誰とも会おうとしなくなります。彼がひたすら剣を振るう姿は、鍛錬であると同時に、心の痛みを紛らわせるためのもがきでもありました。
そんな衛韞を心配した蒋純は、楚瑜に助けを求めます。楚瑜はすぐには正面から踏み込まず、まず蒋純の子どもたちに先に声をかけさせるという手を使います。そのあとで自分たち女眷が部屋に入ることで、衛韞が少しでも拒絶しにくい状況を作るのです。楚瑜のこうした立ち回りからは、相手の気持ちを読みつつ場を動かす彼女らしい機転が感じられます。
部屋の中で衛韞は、夢の中で兄たちから託された思いを守るかのように、嫂たち一人ひとりに放妻書を書いていました。もちろん、その中には楚瑜の分も含まれています。衛韞にとってそれは、自分がこれ以上誰も巻き込まず、残された女性たちに新しい人生を与えるためのせめてもの誠意でした。しかし蒋純は、近いうちに衛韞の承爵の詔が下ることを聞き、それまでは皆で衛府に残ってもいいのではないかと提案します。楚瑜もまた放妻書を受け取るものの、それに従って大人しく去るつもりはありません。彼女は表向きさらりと受け取りますが、内心では衛韞が約束を破るなら自分にもやり方があると強気に構えており、衛府に残る気持ちは揺らいでいません。
ただし衛韞は、そんな楚瑜をまだ全面的には信用していません。彼女が衛府に留まるのは何か別の思惑があるからではないかと疑い、護衛の衛秋に密かに楚瑜の行動を監視させます。ここには、命を救われた恩がありながらも簡単には人を信じられない、今の衛韞の傷ついた心がよく表れています。
一方朝廷では、顧楚生が楚臨陽を弾劾します。衛家と過度に親しくしていることを理由に、その官職を解くべきだと訴えたのです。この知らせはすぐに広まり、楚錦が衛府に乗り込んで騒ぎ立てたことで楚瑜の耳にも入ります。そこで楚瑜は、なぜ楚錦が朝堂の情報をいち早く知っていたのかを不審に思い、問いただします。すると、顧楚生が以前から楚錦に接触し、楚瑜と衛珺の関係が外から見えるほど深くはなかったことを聞き出していたとわかります。つまり顧楚生は、その事実を利用して楚臨陽を追い込み、ひいては楚瑜を衛府から追い出そうとしていたのです。彼の行動は一見楚家のためにも見えますが、実際には非常に計算高く、楚瑜にとっては裏切りに近いものでした。
しかし楚瑜はここでただ傷ついたり怒ったりするだけでは終わりません。彼女はあっさりと放妻書を受け取ると、そのまま楚家には戻らず寧国公府へ向かいます。そして王靖之の前で、顧楚生の弾劾の意図をわざと別の意味にねじ曲げて語り、王家の父娘を怒らせます。さらにそこへ駆けつけた顧楚生に対しては、一転してしおらしく振る舞い、いつ自分たちは和離するのかと意味深に問いかけます。これによって寧国公府の空気は一気にかき乱され、顧楚生も翻弄されます。楚瑜の行動はまさに痛快で、受け身に立たされるのではなく、自分から盤面をひっくり返しにいく彼女の強さが光る場面でした。
国公府を出た後、楚瑜はすぐに自分が尾行されていることに気づきます。それが衛韞の差し向けた衛秋だと見抜くと、逆にうまく会話を誘導して情報を引き出します。その結果、衛韞が八角弩を作った陸七八に会う予定であることを知るのです。こうして第7話は、衛韞の心の傷、顧楚生の思惑、楚瑜の策士ぶりがそれぞれ濃く描かれ、今後の軍械司や秦王通敵案へとつながる重要な布石が打たれる回となっています。
第8話あらすじ
第8話では、衛韞が承爵に向けて動き出す一方で、軍械司に近づくための道筋が少しずつ見え始め、同時に楚瑜と衛韞の距離にも微妙な変化が生まれていきます。陰謀と駆け引きの中に、思わず頬がゆるむような軽妙なやり取りも差し込まれ、物語に緩急を与えている回です。
まず描かれるのは、衛韞と陸七八の宜香楼での会見です。衛韞は軍械司に入りたいと考え、八角弩を設計した陸七八に近づきますが、すぐには目的を果たせません。陸七八は、衛韞が正式に爵位を継ぎ、魚符を得て鎮国侯としての身分を確立すれば、自然と軍械司に入れるようになると示唆します。しかし、それ以前に無理に踏み込めば命を落としかねないとも警告します。この言葉から、軍械司が単なる役所ではなく、相当な秘密と危険を抱えた場所であることが伝わってきます。衛韞は焦りを抱えながらも、今は正面突破ではなく機会を待つしかない状況に置かれます。
宜香楼からの帰路、楚瑜は衛韞の馬車に同乗します。侯府に到着する間際、楚瑜の髪飾りの鈴が髪に絡まってしまい、自分ではほどけなくなります。そこで彼女は衛韞の袖を引き、馬車の中に入って助けるよう求めます。この場面は一見何気ない出来事ですが、衛韞が彼女の髪に触れた瞬間、初めて出会った頃の楚瑜の姿を思い出し、思わず心拍が速くなってしまうところが見どころです。彼自身もその動揺をうまく言葉にできず、蒋純に額の汗を指摘されると「今日は暑い」と苦しい言い訳をします。だが実際には風が冷たく、蒋純が不思議がるのも当然で、衛韞の戸惑いがかえって微笑ましく映ります。これまでの緊張関係の中に、ほんのわずかな男女の意識が差し込まれた印象的な場面です。
楚瑜は自分の院に戻ると、迷い込んできた小犬を見つけ、すっかり気に入ってしまいます。楚家にいたころは母の謝韻に犬を飼うことを許されなかったため、今の彼女にとっては小さな自由の象徴でもあります。誰にも咎められない衛府で、その犬を自分で世話しようと決める姿には、楚瑜の少女らしい一面がのぞきます。重い復讐や調査の目的を背負っている彼女にも、こうした無邪気さが残っていることが、この作品の魅力のひとつです。
しかし穏やかな時間は長く続きません。陸七八との接触をきっかけに、翌日には坊間で衛韞に関する悪質な噂が広まり始めます。衛家七郎が宜香楼に入り浸っている、毎日違う相手を連れて宿酔している、青楼の女のために大金を投じて乱闘まで起こしたなど、どれも承爵を妨げるには十分な内容でした。衛韞自身も、宜香楼での会見が最初から自分を陥れるための罠だったと察しており、陸七八がそう簡単に味方するはずがないことを痛感します。謝韻はこの噂を聞いて楚瑜を心配し、衛府から連れ戻そうとしますが、楚錦はそれを止めます。ここでも楚家の中で楚瑜をどう見るか、家族の足並みが揃っていないことが浮き彫りになります。
この不利な状況を前にして、楚瑜は承爵宴そのものの趣旨を変えることを提案します。本来の「承爵を祝う宴」ではなく、「これまでの助力への答謝宴」にしてしまえば、噂の矛先をずらし、衛韞への風当たりを和らげられると考えたのです。非常に柔軟で大胆な発想であり、楚瑜の危機対応力がよく表れています。彼女は自ら請帖を書きますが、その字はあまりに崩れていて読みにくく、結局衛韞が書き直す羽目になります。重い展開の中にこうした軽い掛け合いが入ることで、ふたりの関係が少しずつ自然なものになっていることも感じられます。
そして請帖を書き終えたところへ小犬が飛び込んできて、衛韞は一気に顔色を変えます。実は彼は犬が苦手だったのです。ここでもまた、戦場帰りの若き侯という厳しい印象とは違う、彼の意外な弱点が明かされます。
楚瑜は答謝宴の請帖を持って長公主・李長明を訪ねます。さらにただお願いするだけでなく、長公主の好みを見抜いて心をつかむ小道具まで用意していました。それが、門客たちの小像を刻んだ葉子牌です。容姿端麗で才ある者を愛でる長公主の趣味を的確に押さえた贈り物であり、李長明も大いに喜びます。楚瑜のこうした「相手に合わせて一番効くものを差し出す」能力は、この回でも際立っています。
帰り際、薛寒梅が楚瑜を呼び止め、ひとつの錦嚢を手渡します。彼は長公主からだと言いますが、楚瑜は本当にそれだけなのかと疑います。実際、長公主は以前から薛寒梅に楚瑜の印象を尋ねており、薛寒梅も楚瑜を面白い人物だと見ています。薛寒梅と長公主の間にも独特の緊張感があり、薛寒梅が冷淡な態度を見せるほど長公主の興味を引いている様子も描かれます。このあたりは人間関係の機微が巧みに描かれていて、とても面白い部分です。
同時に、顧楚生は秦王通敵案を再調査しようと動き出し、そのために宋文昌を訪ねて協力を求めます。宋文昌は少し考えた末に承諾し、また衛韞の側でも太子への接触を図るため宋文昌を頼ります。だが宋文昌は多くを語らず、衛韞をある客桟へ連れていきます。そこへ楚瑜も現れ、長公主の指示で太子を訪ねに来たと告げます。長公主、宋文昌、楚瑜、衛韞、それぞれの線がこの場所でつながり、第9話へ向けて大きな動きが始まろうとしているところで幕を閉じます。第8話は、陰謀の匂いを漂わせながらも、楚瑜と衛韞の距離が少し近づく気配や、長公主周辺の人物たちの思惑が見えてくる、非常に密度の高い回でした。
第9話あらすじ
第9話では、太子・李環の醜聞を利用して衛府の答謝宴を成功へ導く楚瑜たちの策が描かれる一方で、秦王通敵案にまつわる重大な手がかりも浮上し、物語が一気に大きく動き出します。宴の華やかさの裏に陰謀と危機が潜み、緊張感の高い回となっています。
まず、宋文昌が動いていた理由が明らかになります。太子・李環には団団との縁談があり、宋文昌は妹の婚約に責任を感じていました。そこで東宮の小太監を買収し、太子が宜香楼で舞姫を囲っていることを突き止めます。太子が青楼で女と逢瀬を重ねているというだけでも十分に問題ですが、相手が婚約のある立場であることを考えれば、なおさら看過できません。
とはいえ、その現場に踏み込むのは簡単なことではありません。宋文昌も楚瑜も、正面から太子の恥を暴くような真似はさすがに躊躇しますし、衛韞も皇家の醜聞に関わることにはためらいを見せます。しかし楚瑜だけは違いました。まどろっこしいことを嫌う彼女は、一瞬のうちに衛韞をうまく利用して扉を開けさせ、太子と舞姫の密会現場を押さえてしまいます。この場面は楚瑜の大胆さが全開で、男性陣が逡巡している間に、自分の手で状況を動かしてしまう彼女らしさが痛快です。
密会を見られた李環は当然慌てます。もしこの件が皇帝や長公主の耳に入れば、皇家の体面は大きく損なわれ、自身の立場も危うくなります。実は楚瑜がこの場所を知ったのは、長公主からの錦嚢の導きによるものでした。団団はかつて李長明の病を診て信頼を得ており、長公主は太子がそんな相手をないがしろにして遊び歩くことに怒りを覚えていたのです。つまりこの一件は、ただの私情ではなく、長公主が団団のためにひとつの教訓を与えようとした策でもありました。
こうして太子の弱みを握ったことが、答謝宴当日の展開に大きく影響します。宴の日、開始の時刻になってもなかなか客が現れず、その場は不穏な空気に包まれます。しかし楚瑜は驚くほど落ち着いており、衛韞に「必ず誰かが来る」と言い切ります。そしてまず楚臨陽と楚錦が現れ、続いて長公主が姿を見せます。長公主が出席したことで空気は一変し、それまで様子見をしていた人々も次々と衛府へ足を運び始めます。まさに一人の存在が宴の価値を決定づける、圧倒的な影響力を感じさせる場面です。
さらに宋文昌は、この宴のために巨大な「泰山」の贈り物まで準備しており、衛韞の承爵を祝おうとします。衛韞はまだ答謝宴に過ぎないと慌てて否定しますが、その直後、太子がやって来て、しかも承爵の詔書まで一緒に届けられます。衛韞は正式に鎮国侯に封じられ、魚符を賜り、さらに軍械司統領を兼ねるよう命じられます。長らく不安定だった彼の立場が、ここでようやく公的に固まったのです。これは衛家にとって極めて大きな意味を持つだけでなく、軍械司へ近づく道が正式に開かれたことも意味しています。
また、宜香楼での醜聞については、李環が自ら衛韞をかばい、うまく説明してみせます。その結果、衛韞への疑いは晴れますが、代わりに宋文昌が妙な汚名を着せられる形になります。このあたりは少し気の毒でもありますが、太子としては自分の失態を最小限に抑えるために、最も都合のいい形で処理したとも言えます。長公主と太子という二人の後ろ盾を得て、衛府の答謝宴は当初の不安を吹き飛ばすほどの成功を収めます。
しかし華やかな宴の裏では、別の不穏な動きが進んでいました。衛韞は宴の最中、顧楚生と楚瑜がそれぞれ席を外したことに気づきます。楚瑜は廊亭で顧楚生に呼び止められ、彼から「自分が調査を手伝える」と持ちかけられます。すでに大理寺卿となった顧楚生は、秦王通敵案の古い巻宗を調べ、その中に楚家と衛家に深く関わる秘密を見出していました。
顧楚生の話によれば、二十年以上前、秦王は南方を巡る中で一人の女性と恋に落ち、その女性との間に子までもうけていました。秦王は彼女に幸せを約束したものの、都へ戻ったのちに北岐との内通を疑われます。しかもその女性は大遂の機密を携えて北岐へ戻り、その結果、三つの城が北岐に落ちたというのです。そしてその女性こそ北岐の雲陽長公主であり、秦王の子もまた彼女とともに北岐へ渡ったとされます。もし秦王が真に冤罪だったとすれば、当時連座した顧楚生の父もまた無実であり、この一件全体が北岐による長期的な謀略だった可能性が出てきます。これは単なる過去の事件ではなく、現在の楚家・衛家・顧家にまでつながる、非常に大きな真実の入口でした。
ところが、真相に迫ろうとしたその瞬間、二人は罠にはまります。部屋の扉が外から閉ざされ、さらに昏薬が流し込まれ、楚瑜も顧楚生も気を失ってしまうのです。仕掛けたのは孫衙内で、楚錦に取り入ろうとして楚瑜の醜聞を作ろうと画策していました。彼は楚瑜と顧楚生を同じ部屋に閉じ込め、皆の前で恥をかかせようとします。
この騒ぎに楚臨陽も気づき、衛韞に対して「お前こそこの場の主役だ」と釘を刺します。つまり、ここでどう動くかによって衛府の名誉も楚瑜の名誉も左右されるということです。幸い、部屋を開けた時には楚瑜だけが眠っている状態で、顧楚生は姿を消していました。衛韞が何らかの形で事態の収拾に動いたことがうかがえ、楚瑜の名誉は辛うじて守られます。孫衙内はすぐに衛秋によって府衙へ引き渡されます。
その後も薬の効き目が残る楚瑜は自力で歩けず、衛韞に部屋まで送ってもらうことになります。ここで第9話は幕を閉じますが、宴の成功によって衛韞の立場が固まった一方、秦王通敵案の真相がより深い闇へつながっていることも判明し、さらに楚瑜と衛韞の関係もまた一歩進んだように感じられる、非常に濃密な回となっています。
第10話あらすじ
第10話では、答謝宴の混乱のあとを受けて、楚瑜と衛韞の距離がさらに近づく一方で、魚符と軍械司をめぐる駆け引きが本格化します。また楚家や護国公府の親子関係、若者たちの感情も丁寧に描かれ、物語全体の人間関係がいっそう立体的になる回です。
前回の騒動で昏薬の影響を受けた楚瑜は、自力で歩けないほど弱っており、衛韞はそんな彼女を背負って院まで送ります。ふたりは道中で言葉を交わし、衛韞は「家族なら隠し事をせず、率直であるべきだ」と語ります。そして自分たちは今、家族と言えるのかと楚瑜に問いかけます。これは何気ない会話のようでいて、実は非常に大切な場面です。契約や義務ではなく、本当に同じ側に立つ存在として楚瑜を見始めているからこそ、衛韞はこうした問いを口にしたのだと感じられます。一方の楚瑜は、そんな空気に少し居心地の悪さも覚えたのか、自分の院がずいぶん遠い、もしかしてわざと遠回りしているのではないかと軽口をたたきます。重くなりすぎない会話の中に、ふたりの間に以前とは違う親密さが芽生えていることがにじみます。
院へ戻ると、ちょうど楚臨陽と宋清平がやって来ます。楚臨陽は楚瑜の状態を見て、医術に長けた宋清平に診てもらうことを提案します。しかし楚瑜がなぜ昏薬にかかったのかをそのまま説明すれば余計な疑念を招くため、楚臨陽は彼女が誤って迷香を手にしてしまったのだと話を取り繕います。宋清平は深く追及せず、素直に診察を始めます。こうしたやり取りから、楚臨陽が楚瑜を守るために瞬時に話を作れるほど気を配っていることがわかります。
その間、楚臨陽と衛韞は花園へ移動し、ふたりきりで会話を交わします。表面的には穏やかですが、互いに相手を完全には信用していないため、空気はどこか硬いままです。楚臨陽は、仲の悪い楚錦をあえて宴に連れてきたことを自分でも軽率だったと感じつつ、今日の一件が衛府の中で起きた以上、衛韞にも責任があるのではないかと疑いを捨てきれません。一方の衛韞もまた、楚家の人間たちの動きに複雑な思いを抱いています。そこへ宋清平が現れたことで会話は中断し、ふたりは再び礼儀正しい仮面をかぶります。この微妙な緊張感が、今後の関係の行方をより気になるものにしています。
衛韞は楚瑜のために牛乳を用意させますが、楚瑜はそれを自分では飲まず、小犬の小七に与えてしまいます。こうした細かな場面には、衛韞のさりげない気遣いと、それを素直に受け取らない楚瑜のひねくれた可愛らしさが出ています。
一方で楚瑜の頭の中は、すでに次の計画でいっぱいでした。これまで彼女は晩月に衛韞を尾行させ、軍械司の在りかを探らせていましたが、はっきりした場所はつかめていませんでした。しかし楚臨陽の調べによって、ついに軍械司の位置が特定されます。残る問題は中へ入るための魚符だけです。衛韞が正式に承爵した今、その魚符は当然彼の手にあります。楚瑜は何とかして魚符を手に入れ、軍械司へ潜り込もうと考え始めます。この時点で、彼女が衛府に残る目的がますます明確になっていきます。
他方、宋清平と楚臨陽の関係にも変化が見え始めます。楚臨陽は宋清平を護国公府まで送り届け、その道中で礼儀正しく穏やかに接します。宋清平はそんな彼に心を惹かれ、淡い恋心を抱くようになります。さらに診察の結果、楚臨陽の旧傷がかなり深く根を残しているとわかり、宋清平は自ら治療を申し出ます。楚臨陽は彼女の無邪気さに、自分の妹たちを重ねるような親しみを覚え、その申し出を受け入れます。このふたりの交流は、陰謀が渦巻く本編の中で一筋の柔らかい光のように感じられます。
ただし護国公府に戻れば、現実は甘くありません。皇帝は武門同士の親密な交流を嫌っており、護国公の子どもたちが無断で衛府の宴に出席したことに父は激怒します。三兄妹は罰として書物を書き写させられます。宋清平は不満を募らせ、とりわけ太子・李環が外で女を囲っていた件に憤りを覚えますが、それでも大きく騒ぎ立てることはしません。彼女の中には、自分の感情を正面からぶつけられないもどかしさも見えてきます。
楚家でもまた波風が立っていました。楚臨陽は帰宅後、楚錦を祠堂で一晩跪かせて罰します。謝韻は娘を哀れに思って涙を流しますが、楚臨陽は甘やかしません。楚錦は兄に認められたい思いを吐露し、楚瑜のように扱ってほしいと訴えます。楚臨陽は、彼女が本当に大人になり、自分の過ちを理解できるようになった時に初めて認めると厳しく告げます。そして謝韻には、これからは楚錦に少し優しくするつもりだが、同じように楚瑜の受けてきた委屈にも目を向け、彼女にも優しくしてほしいと伝えます。この場面は楚家の感情のもつれを丁寧に描いており、楚瑜だけでなく楚錦もまた不器用に愛情を求めていることがわかります。
答謝宴のあと、衛府に残っていた嫂たちも次々と旅立ちの準備を始めます。衛韞は兄たちの長槍をそれぞれに手渡し、蒋純、姚珏、謝玖たちは離れる決意を固めます。そんな中、劉夫人の王嵐だけは放妻書をその場で引き裂き、衛府に残ることを選びます。これは単なる情ではなく、衛家への義と誇りを捨てない意思の表れであり、衛韞にとっても大きな支えとなる決断です。
そして夜、楚瑜はいよいよ動きます。晩月に衛秋の注意を引かせ、その隙に自分は衛韞の院へ忍び込みます。小七を使って衛韞を部屋から誘い出し、その間に机の上を探ってついに魚符を見つけ出します。しかし実は、衛韞は最初から楚瑜の狙いに気づいていました。彼女の目的が魚符であると察しつつ、あえて動かせていたのです。ここでふたりの駆け引きは新たな段階へ入ります。
一方その頃、軍械司では衛韞が陸七八と向き合っていました。陸七八はひとつの機括を彼に投げ渡し、衛韞はそれを調べて、八角弩に似ているが軍械司製ではないことを見抜きます。つまり、誰かが軍械司の図面を持ち出し、それをもとに模造品を作ったということです。軍械司には内鬼がいる――その疑いはもはや確信へと変わりつつあり、陸七八はすでにいくらかの手がかりも掴んでいました。彼は衛韞に協力を持ちかけ、両者はようやく同じ方向を向き始めます。
しかしその直後、兵士が駆け込んできて事態は一変します。報告を聞いた陸七八は顔色を変え、衛韞を厳しく問い詰めます。なぜ自分の魚符を他人に渡したのか、と。つまり楚瑜が魚符を持ち出して軍械司に関わる行動を起こした可能性が高まり、衛韞の計算もまた大きく狂い始めたのです。第10話は、恋の気配や家族の問題を丁寧に織り込みながら、最後には再び緊迫した陰謀の中心へと読者を引き戻す、非常に巧みな構成の回となっています。
















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