長安のライチ 2025年 全35話 原題:长安的荔枝
第1話
唐の都・長安。上林署(じょうりんしょ)で草木や果樹の管理を担当する下級役人・**李善徳(り・ぜんとく)**は、庭で丹精込めて牡丹の世話をしながら、ようやく訪れようとしている穏やかな日々に思いを馳せていた。最愛の妻を病で亡くした善徳にとって、今の生きがいは一人娘・**李袖児(り・しゅうじ)**を立派に育てることだけだった。亡き妻の嫁入り道具を元手に購入した家は借金のかたに手放してしまったが、あと少しで買い戻せるところまで資金を集めている。ようやく家族との暮らしを取り戻せる――そんな小さな希望を胸に、善徳は義弟・**鄭平安(てい・へいあん)**のもとを訪ねる。
家の買い戻しに必要な最後の資金を工面するため、善徳は鄭平安へ相談を持ちかける。亡き姉の忘れ形見でもある李袖児のためにも家を取り戻したいと願う平安は、保証人となって金を借りるよう勧めるが、口の立つ善徳は巧みに話を進め、気が付けば平安本人から金を借りることに成功してしまう。しかも借用書まで用意されており、平安はまんまと善徳の話術にはめられたことに苦笑するのだった。
善徳はその足で金貸しの十七娘のもとへ向かい、不当に上乗せされた利息を大唐律に照らして指摘し、正当な金額で家を買い戻すことに成功する。亡き妻との思い出が詰まった家を取り戻した善徳は、庭の木々を眺めながら、これからは袖児と静かに暮らしていけると未来への希望を膨らませる。しかし、その頃朝廷では右相が厄介払いをするように、とある勅命を上林署へ押し付けていた。それは「嶺南から新鮮な荔枝(ライチ)を長安まで運べ」という前代未聞の命令だった。荔枝は収穫から一日で色が変わり、二日で香りが薄れ、三日も経てば味まで失われる非常に傷みやすい果物である。そのため役人たちは誰一人として任務を引き受けようとせず、署令・劉署令は責任を押し付ける相手を探していた。
そこへ何も知らず出勤してきた善徳は、同僚たちから異様なほど歓迎される。皆は荔枝について教えてほしいと頼み、植物や果樹に詳しい善徳は、その特徴や栽培方法、旬や味わいまで楽しそうに語り始める。その知識の豊富さを見届けた劉署令は、「この大役を任せられるのは君しかいない」と勅命を差し出す。さらに多額の報酬まで約束された善徳は、家の借金も返済できると信じ、「荔枝煎(ライチの保存食)」を運ぶ仕事だと思い込み、ためらうことなく任命書へ署名してしまう。それは、同僚たちが最初から仕組んでいた巧妙な罠だった。
一方その頃、朝廷ではもう一つの陰謀が動き始めていた。左相に仕える**盧奐(ろ・かん)**は、鄭平安へ密命を下す。嶺南の刺史・**何有光(か・ゆうこう)**が使者・**潘宝(はん・ほう)**を長安へ送り込み、右相へ珠宝を献上して軍権の証である「兵魚符」を手に入れようとしているという情報をつかんだのだ。鄭平安は陪酒侍郎に身をやつし、酒楼へ潜入して密談の証拠を集める任務を引き受ける。部屋から部屋へと巧みに移動し、警備の目をかいくぐって隣室へ忍び込むことに成功した平安は、密かに交わされる重要な会話を聞き取ろうとする。しかし正体が露見して乱闘となったその瞬間、どこからともなく放たれた無数の黒い矢が部屋へ飛び込み、密談していた者たちは一瞬で射殺されてしまう。混乱の中、平安は現場に残された謎の銅筒だけを持ち去り、辛うじて命からがら逃げ延びる。
その夜、帰宅途中の善徳は転倒した拍子に任命書の文字が一部剥がれ落ちていることに気付く。拾い上げて元の位置へ当てはめた瞬間、自分が引き受けたのが「荔枝煎」ではなく、「鮮荔枝」、つまり生のライチを長安へ運ぶ任務だったことを知り愕然とする。善徳は血相を変えて上林署へ戻り、任命書の間違いだと訴えるが、劉署令も同僚たちも「酒に酔って聞き違えたのだろう」と取り合わず、すでに署名まで済ませた以上、取り消しはできないと冷たく突き放す。
荔枝の性質を知り尽くしている善徳だからこそ、この任務が事実上「死刑宣告」に等しいことを誰よりも理解していた。成功する見込みはほとんどなく、失敗すれば皇帝の勅命に背いた罪を問われる。ようやく取り戻した家も、娘との穏やかな暮らしも、一瞬にして崩れ去ろうとしていた。それでも逃げることは許されず、善徳は絶望の中で、どうすれば新鮮な荔枝を長安まで届けられるのか、そのわずかな可能性
第2話
ようやく取り戻した我が家で一夜を過ごした李善徳(り・ぜんとく)は、庭に立つ桂花の木を静かに見つめていた。そこには亡き妻との数え切れない思い出が刻まれている。夫婦でこの家を選び、季節ごとに咲く花を眺めながら、幼い李袖児(り・しゅうじ)の成長を喜び合った日々。今では妻の姿はなく、満開だった桂花もどこか元気を失っている。それでも善徳は、この家を娘へ残したいという一心で生きてきた。しかし、「荔枝使」という不可能な任務を背負った今、そのささやかな夢さえ失われようとしていた。一方、左相配下の盧奐(ろ・かん)は、酒楼での潜入任務に失敗した鄭平安(てい・へいあん)を厳しく問い詰める。証人は皆殺しにされ、残されたのは謎の銅筒だけだったが、平安はこの失態を挽回するため、自ら右相の使者になりすまして嶺南へ潜入し、刺史・何有光(か・ゆうこう)の不正を暴くという大胆な作戦を提案する。唯一の障害は、本物の使者を知る潘宝(はん・ほう)の存在だった。
平安は仲間とともに潘宝のもとへ向かい、右相の密使を装って接触する。前夜の密会が何者かに狙われたことを理由に「お前が裏切ったのではないか」と揺さぶりをかけると、動揺した潘宝は完全に警戒を解いてしまう。その隙を突き、平安は潘宝を池へ突き落とす。しかし偶然その場を訪れていた善徳が溺れる潘宝を助け出し、計画は思わぬ形で狂い始める。善徳が人を呼びにその場を離れたわずかな隙に、平安の仲間は再び潘宝を水中へ引きずり込み、酒杯を岸辺に残して「酒に酔って溺死した」という偽装工作を完成させる。事情を知らない善徳は、確かに救ったはずの男が再び命を落としたことに大きな違和感を覚えるが、その裏で巨大な陰謀が進んでいることまでは知る由もなかった。
なおも任務を諦め切れない善徳は、宦官・魚承恩(ぎょ・しょうおん)を訪ね、「陛下がお望みなのは本当に生の荔枝なのか、それとも加工した荔枝煎なのか」を確かめようとする。しかし魚承恩は、その勅命が取り消される可能性はないこと、失敗すれば死罪を免れないほど重大な任務であることを暗に示すだけだった。絶望した善徳は街をさまよい、旧友の韓十四(かん・じゅうし)と子美に出会う。軍へ入隊することになった子美は任命書を見るなり、この仕事が最初から誰かを犠牲にするために仕組まれたものだと見抜く。さらに任務の期限が楊貴妃の誕生日に設定されていることから、これは皇帝の勅命以上に宮廷の権力者たちが重視する一大事であり、劉署令が責任逃れのため善徳を「生け贄」にしたのだと推測する。二人は善徳に、万が一に備えて娘を安心して預けられる相手を探しておくよう勧めるのだった。
覚悟を決めた善徳は帰宅し、袖児へ「しばらく遠くへ仕事に行かなければならない」と優しく言い聞かせ、叔父である鄭平安の家で暮らすよう約束する。一方その頃、平安もまた、自分が嶺南へ向かえば生きて帰れないかもしれないと覚悟し、従者の狗児へ旅費を渡して別れを告げようとしていた。しかし狗児は「最後までお供します」と血判まで押そうとし、平安もまた実の子どものように大切に思う狗児を置いていくことができない。善徳もまた、旅立ちを前に遺書を書き、もし自分が戻れなければ家を報酬として袖児を育ててほしいと平安へ託す。ところが翌朝、狗児から「平安も遠方へ旅立つ」という知らせを受けた善徳は、急きょ袖児を知人の刺繍工房へ預けざるを得なくなる。家族を守りたいという願いとは裏腹に、大切な娘を安心して任せられる場所さえ見つからない現実が、善徳をさらに苦しめていく。
そんな中、金貸しの十七娘は、善徳が危険な「荔枝使」に任命されたことを知り、貸した金が戻らなくなることを恐れて家の権利書を奪おうと手下を差し向ける。さらには袖児を利用して善徳を脅そうとするが、善徳は「もし私や家族に何かあれば、皇帝の勅命は果たせず、お前たちも無事では済まない」と毅然と言い放ち、相手を退散させる。続いて善徳は任務に必要な旅費や経費を求めて劉署令のもとへ向かうが、劉署令はあれこれ理由を付けて一切支援しようとしない。ついに善徳は堪忍袋の緒が切れ、署内で横行する着服や不正を公然と暴露し、「私を見捨てるなら、道連れにしてやる」と激しく迫る。その鬼気迫る様子に劉署令も動揺し、これまで従順だった善徳が命を懸ける覚悟を決めたことを思い知らされる。
やがて旅立ちの日が訪れる。韓十四と子美は最後まで善徳を見送り、「必ず生きて帰れ」と励ます。善徳は娘への思いを胸に馬へまたがり、遥か南の嶺南を目指して走り出す。しかし長い道のりは過酷を極め、数日後には愛馬が力尽きて倒れてしまう。善徳はわずかな旅費でロバを買い求めると、昼夜を問わず歩みを止めることなく再び南を目指す。こうして、家族の未来を守るため、不可能と誰もが断じる「新鮮な荔枝を長安へ運ぶ」という前代未聞の挑戦が、いよいよ本格的に幕を開けるのだった。
第3話
長い旅を経て、鄭平安(てい・へいあん)は従者の狗児(こうじ)とともに嶺南へ到着する。今回の任務は、右相の密使「馬帰雲(ば・きうん)」になりすまし、刺史・何有光(か・ゆうこう)の不正を暴くことだった。土地勘もなく、正体が露見すれば命はない危険な潜入任務である。そこで狗児は一計を案じ、長安から来た高官の従者らしく大声で役人たちを叱りつけ、「我が主人をご存じないのか」と威勢よく振る舞う。その迫力に周囲は完全に騙され、二人を本物の朝廷使者だと信じ込む。歓迎の品として甘蔗(サトウキビ)が差し出されるが、平安は食べ方を知らず、汁だけでなく繊維まで飲み込んでしまう。刺史府の掌書記・趙辛民(ちょう・しんみん)は慌てて吐き出すよう教え、その様子を見ながらも、長安育ちの役人なら知らなくても不思議ではないと納得する。
平安は「馬帰雲」と名乗り、右相の使者として正式に趙辛民と面会する。信章を何度も確認した趙辛民は本人と信じ込み、極めて丁重に応対する。平安はわざと意味深な品を見せてすぐ引っ込めるなど相手の好奇心を煽り、「右相は忠誠を示す証を求めている」と偽り、何有光から忠誠の書状を提出させようとする。これを聞いた何有光は、もともと右相の庇護を受けているのだから書状を出しても問題はないと考え、さらに軍権を掌握するための兵魚符を早く受け取りたいと期待を膨らませる。しかし慎重な趙辛民だけは、この要求が忠誠を試す罠ではないかと疑い、もし皇帝に右相への内通が知られれば一族滅亡も免れないと危機感を抱いていた。それでも主君の意向には逆らえず、警戒しながらも平安を歓待することになる。
一方、李善徳(り・ぜんとく)も数日間の苦しい旅を終え、ようやく嶺南へ到着する。疲れ切った身体で刺史府を訪れ、「荔枝使」として勅命を果たすため協力を求めるが、何有光はまったく信用しようとしない。以前、「椰子使」と名乗る役人に騙された経験があり、新たな朝廷使者にも強い疑念を抱いていたからである。善徳は必死に身分を証明し、何有光が長安へ送った使者・潘宝のことまで口にする。さらに「潘宝は酒に酔って溺死した」と知らせるが、何有光は簡単には信じない。善徳は「どうせ死ぬ運命なら、この場で殺してくれ」と覚悟を示すほど追い詰められていた。その様子を見た趙辛民は、平安が潘宝の死を一切報告していなかったことを思い出し、「本当に右相の使者なのか、それとも何かを隠しているのか」と疑念を深める。結局、善徳はその場では追い返されるだけで済むが、趙辛民は密かに部下へ命じ、馬帰雲の素性を改めて調べ始める。
その頃、平安を陰から支援する空浪先生は、靖安司の潜入工作が予想以上に早く疑われ始めたことに危機感を抱いていた。一方、宿を確保できない善徳は刺史府の前で待ち続け、趙辛民が酒楼へ向かったことを知って後を追う。酒楼では趙辛民が馬帰雲を盛大にもてなし、その席で巧妙な探り合いが始まる。側近の藍玉が「潘宝は酒を一滴も飲まない人物だった」と何気なく話題を振ると、平安はすぐに試されていることを察知する。真正面から答えず、「長安へ届く情報には真偽不明のものも多い」と曖昧にかわし、さらに「私を信用できないのなら兵魚符は自分で長安まで取りに来ればいい」と怒ったふりをして相手の追及を封じる。その堂々とした態度に趙辛民もこれ以上は踏み込めず、「今のは冗談だった」と話を収めるしかなかった。
同じ頃、酒楼へ向かう善徳は道中で果樹園の女性農民が役人たちから理不尽な扱いを受けている場面に遭遇する。善徳はその場で大唐律を持ち出し、違法行為に対する賠償額まで具体的に示して役人たちを論破する。彼らは何も言い返せず、その場を立ち去るしかなかった。助けられた女性は落ちた荔枝を拾い集めながら、「新鮮なまま保つ方法は、木から摘まないことくらいしかない」と口にする。その何気ない一言は、善徳の胸に深く刻まれ、後に荔枝輸送の突破口となる重要なヒントになっていく。
やがて酒楼へ到着した善徳は、偶然にも平安とすれ違う。一瞬目を疑った平安は慌てて引き返し、善徳が思わず「平安!」と呼びかけようとすると、すぐさま「無事に平安(無事)に着いたという意味だ」と言葉をすり替え、その場を取り繕う。そして趙辛民には「彼は長安の上林署の役人だ」とだけ説明し、二人の本当の関係を隠し通すことに成功する。趙辛民は「平安」が長安独特の挨拶だと勘違いし、不自然さには気付かなかった。
夜になると平安は善徳を宿へ呼び出し、自分が今後は「馬帰雲」として振る舞うこと、決して本名で呼ばないことを厳しく言い聞かせる。さらに、人前では自分を恐れているように演技しなければ正体が露見すると説明する。翌日、善徳は忠実にその約束を守り、必要以上に怯えた態度を見せたため、今度は平安のほうが驚いてしまう。しかも善徳まで同じ宿へ泊まることになり、平安は「また金がかかる」と頭を抱えながらも、義兄を見捨てることはできなかった。
その後、平安は密かに空浪先生と接触する。空浪先生は今回の潜入作戦を支える協力者であり、失敗すれば平安が生きて嶺南を離れることはできないと警告する。平安は「よりによって義兄の善徳に正体を知られてしまった。彼は頑固で融通が利かず、このままでは計画の妨げになるかもしれない」と悩みを打ち明ける。しかし空浪先生は二人の関係を勘違いし、「その問題は自分で片付けろ」と意味深な言葉だけを残して去っていく。こうして、荔枝輸送という無謀な使命と、朝廷の権力争いという二つの危険な計画は、嶺南の地で思いがけず交錯し始めるのだった。
第4話
嶺南で右相の密使「馬帰雲(ば・きうん)」として活動する鄭平安(てい・へいあん)は、潜入任務を成功させるため、持ち前の人懐っこさと機転を武器に、地元の有力者たちとの関係づくりを進めていた。酒宴では陪酒侍郎として巧みに場を盛り上げ、何公と親しく言葉を交わす。何公の息子が弓術の師を探していると知ると、自ら優れた人物を紹介すると申し出るなど、相手の心をつかむ話術を発揮する。さらに相手の好みに合わせた贈り物の情報まで用意しており、平安が人脈を築くことに長けた人物であることがうかがえる。その宴席では左相・盧奐(ろ・かん)とも顔を合わせ、即興で踊りを披露して場を盛り上げる。盧奐は周囲に「鄭平安を侮ってはならない。父はかつて功臣だったが、右相に逆らったため一族は没落した」と語り、平安が再び一族の名誉を取り戻すため命懸けの任務に就いていることを示唆する。
一方、李善徳(り・ぜんとく)は、ようやく刺史府の掌書記・趙辛民(ちょう・しんみん)から正式に「荔枝使」であることを認められる。しかし趙辛民は、「新鮮な荔枝を長安まで届けるなど到底不可能だ」と率直に告げる。何有光(か・ゆうこう)は朝廷から派遣された役人を無下には扱えないものの、自ら責任を負う気もない。そのため趙辛民は、表向きは丁重にもてなしながら、実際には一切の支援を与えないという方針を提案する。彼は善徳を笑顔で迎え、「刺史は資金集めのため外出している」ともっともらしい嘘をつき、長年の貢納で府の財政は底をついていると同情を誘う。そして代わりに、嶺南各地を自由に通行できる証文や「荔枝使」と大きく書かれた立派な看板まで用意し、支援しているように見せかける。善徳はその誠意を信じようとするが、実際には何一つ問題は解決していなかった。
宿へ戻った善徳に対し、平安は意外にも「自分がこの件を何とかしてやる」と申し出る。しかし善徳には一つ大きな疑問があった。なぜ平安は「馬帰雲」と名乗っているのか――。問い詰められた平安は、「その正体を知れば、お前はもっと危険な目に遭う」とだけ告げ、真相を明かそうとはしない。そして潘宝(はん・ほう)の死についても、自分は何も知らなかったという証言をしてほしいと善徳へ頼み込む。善徳は戸惑いながらも、平安の命が懸かっていることを察し、協力を約束する。
その頃、趙辛民のもとには空浪先生から密かな報告が届く。独自に調査した結果、「馬帰雲」は確かに右相から派遣された使者であるという情報だった。これを聞いた何有光は完全に安心し、忠誠の書状を右相へ送る決意を固める。しかし趙辛民だけはなお疑念を捨て切れなかった。本物の使者であるなら、なぜ潘宝の死を隠し続けているのか――その一点だけがどうしても腑に落ちなかったのである。そんな矢先、平安は「間もなく嶺南を離れる」と知らせる招待状を送る。何有光は「見ろ、疑い過ぎだったではないか」と趙辛民を笑い飛ばし、ますます平安を信用するようになる。
その夜、酒楼で趙辛民と善徳は酒を酌み交わす。善徳は「荔枝は日持ちしない果実なのに、なぜ皇帝はあえて生の荔枝を求めたのでしょうか」と率直な疑問を口にする。それに対し平安は、さりげなく話題を潘宝の死へ誘導し、善徳の口から長安で起きた出来事を語らせる。善徳は、皇帝が大切にしていた老牡丹が右相側の者によって傷つけられ、その場にいた誰もが恐れて口を閉ざしたことを話す。その証言から、何有光たちは長安で右相への風当たりが強まっていることを読み取り、朝廷の情勢が自分たちにも影響を及ぼし始めていることを悟る。
翌日、何有光は改めて馬帰雲を正式に迎え入れる。平安は挨拶もそこそこに本題へ入り、「右相へ忠誠を誓う証を渡してほしい。その代わり兵魚符を渡す」と持ちかける。ところが何有光は、「左相の配下が自分を探っている今は兵魚符を受け取る時期ではない」と慎重な姿勢を見せる。さらに潘宝も左相側に殺されたのだと説明し、自分が置かれている危険な立場を語る。その話を聞いた趙辛民は、昨夜善徳が話した内容を思い返し、「善徳こそ左相が送り込んだ密偵ではないか」と新たな疑いを抱く。一方の平安は、その疑いが自分ではなく善徳へ向かったことに胸をなで下ろし、正体が露見する危機をひとまず回避する。
しかし、この誤解は善徳を新たな危機へ追い込むことになる。何有光と趙辛民は、善徳が嶺南にいる限り兵魚符を受け取ることができず、計画の妨げになると考え、密かに始末することまで検討し始める。そんな二人に対し、平安は「善徳は皇帝自ら任命した荔枝使だ。もし嶺南で命を落とせば、責任はすべて何有光殿に及ぶ」と冷静に説得する。そして殺害ではなく、「自分が善徳を嶺南から追い返す」と申し出ることで、その場を収めることに成功する。
平安は善徳のもとへ向かい、危険だから長安へ帰るよう説得する。しかし善徳は「借金も返していないし、勅命も果たしていない以上、帰るわけにはいかない」と断固として拒否する。平安は「金は自分が何とか取り戻す。袖児も自分が責任を持って育てる」とまで約束するが、それでも善徳の決意は揺るがなかった。家族を守るためにも、皇帝から託された使命を果たすためにも、善徳は不可能と言われる荔枝輸送を最後まで諦めない覚悟を固めていた。一方で平安もまた、義兄を守りながら潜入任務を成功させなければならないという、極めて難しい立場へ追い込まれていくのだった。

















この記事へのコメントはありません。