春花焔~Kill Me Love Me~ 2024年 全32話 原題:春花焰
第9話 交錯する想いと別れの灯
【第9話の見どころ】
上巳節の襲撃事件はついに決着を迎え、青州事件の黒幕へ迫る重要な証言が明らかになる。一方、越秦は最も大切な存在との悲しい別れを経験し、眉林と慕容璟和の関係にも互いを意識する複雑な感情が芽生え始める。
上巳節の祭りで賑わう都。
華やかな歌や踊りが繰り広げられる楼閣の中で、書墨だけは落ち着かない様子だった。
彼の目的は宴を楽しむことではない。
張印との密会を果たし、西焉へ戻るための準備を進めることだった。
しかし約束の時間になっても、張印は姿を現さない。
書墨は焦りを募らせながら周囲を警戒する。
その様子を越秦は密かに追っていた。
書墨の行動にはどこか不自然な点があり、越秦は違和感を覚えていたのである。
さらに、その越秦を今度は眉林が追跡していた。
それぞれが別々の思惑を胸に動き、運命の糸は一か所へと集まり始めていた。
やがて越秦は書墨へ声を掛ける。
突然現れた主君に書墨は驚き、慌てて人目につかない場所へ連れて行こうとする。
その直後、眉林も現場へ駆けつける。
越秦は眉林の姿を見つけると、思わず表情を曇らせた。
彼女まで危険へ巻き込まれてしまうことを恐れたのである。
しかし、その不安はすぐに現実となる。
祭りの目玉である火龍が大きく炎を吹き上げた瞬間、人混みの中へ黒装束の刺客たちが次々と現れた。
無数の矢が四方八方から放たれ、祭りは一瞬で修羅場へ変わる。
眉林は迷うことなく越秦と書墨を地面へ伏せさせ、矢から守ろうとする。
その場へ慕容璟和も駆けつけ、圧倒的な剣さばきで刺客たちを次々と討ち取っていく。
張印を口封じするために送り込まれた刺客たちは、あっという間に壊滅してしまうのだった。
その頃、張印は別の場所から様子を窺っていた。
配下が美娘を始末したと信じ込み、自分だけは逃げ切ろうと考えていたのである。
しかし現場へ戻った瞬間、眉林が飛び出し、そのまま張印を地面へ押さえつける。
逃亡は失敗に終わった。
一方で書墨は襲撃の最中に矢を受け、重傷を負ってしまう。
眉林はすぐに越秦へ告げる。
「書墨を連れて逃げて。」
越秦は苦悩しながらも書墨を抱え、その場を離れる。
眉林自身は張印を逃がさないため、その場へ残る決意を固めるのだった。
捕らえられた張印は激しい尋問を受ける。
眉林は青州の恨みをぶつけるように何度も拳を振るう。
それでも張印は何も話そうとはしない。
十分に怒りを晴らしたと判断した慕容璟和は、眉林を静かに制止する。
「ここから先は私に任せろ。」
それ以上彼女を危険へ巻き込みたくなかったのである。
一方、慕容玄烈は殷落梅との距離を縮めようとしていた。
しかし配下から「追跡対象を見失いました」と報告を受け、苛立ちを隠せない。
弟・慕容璟和が何を狙っているのか見当もつかず、不気味さだけが募っていく。
その頃、景王府へ戻った慕容璟和は、眉林を厳しく叱責していた。
「なぜ自分を危険へ晒した?」
眉林は迷わず答える。
「越秦は他人ではありません。」
その一言に慕容璟和の表情が一変する。
「恩を返すか、私の命令に従うか。」
「どちらか一つにしろ。」
あまりにも強引な言葉に、眉林は思わず言葉を失う。
彼の怒りの裏には、嫉妬にも似た複雑な感情が隠されていた。
しかし当の本人は、その気持ちを素直に認めることができない。
その一方で、慕容玄烈は殷落梅と共に戦没した兵士たちへ酒を供えていた。
大炎のため命を落とした兵士たちを心から敬う姿勢に、殷落梅は感謝の気持ちを抱く。
そんな空気の中、慕容玄烈は突然、自らの想いを打ち明ける。
「私は君を愛している。」
殷落梅はその真意を理解しながらも、静かに首を横へ振る。
彼女の心はまだ誰のものにもなっていなかった。
それでも慕容玄烈は諦めない。
今度は慕容璟和の名を持ち出し、殷落梅の心を揺さぶろうとする。
彼女の迷いを利用しようとする、その計算高さが垣間見えるのだった。
重苦しい空気とは対照的に、眉林と慕容璟和には束の間の穏やかな時間が訪れる。
祭りの帰り道、眉林は花灯籠を選び始める。
しかし代金を払うのは、当然のように慕容璟和だった。
「本当に手の掛かる奴だ。」
呆れながらも財布を出す慕容璟和。
すると眉林は犬の形をした可愛らしい灯籠を手渡す。
「これ、あなたに。」
「私を犬扱いするのか?」
思わず睨みつける慕容璟和。
しかし眉林は笑顔で答える。
「この子は私にとって大切な存在。」
「だから、あなたと同じ。」
その真っ直ぐな言葉に、慕容璟和は怒ることもできず、照れ隠しのように灯籠を受け取る。
少しずつ、二人の距離は確実に近づいていた。
一方、越秦は重傷を負った書墨を必死に看病していた。
本来なら張印を国外へ逃がし、その後で眉林も救い出す計画だった。
しかし、すべては崩れてしまった。
医師は静かに告げる。
「あと三日が限界です。」
越秦はその言葉を受け入れることができない。
その頃、慕容璟和は張印への尋問を続けていた。
狙いは東宮を告発させること。
しかし張印は、自分こそが唯一の証人であることを盾に、駆け引きを始める。
「取引をしませんか。」
ところが慕容璟和は全く応じない。
価値がなくなれば自分は殺される。
そう悟った張印は、ついに最後の切り札を口にする。
「李青は……まだ生きています。」
その証言は青州事件の真相を覆す重要な情報だった。
眉林もその名を聞き、李青がどこかへ身を潜めていると確信する。
さらに慕容璟和は、これまで隠していた真実を眉林へ打ち明ける。
青州虐殺の黒幕は、慕容玄烈だった。
その事実を知った眉林は怒りを燃やす。
「私は太子なんて恐れません。」
「青州の十万の民のためなら、この命を懸けても復讐します。」
その覚悟は誰にも揺るがせることはできなかった。
一方、越秦は書墨との最期の時間を迎えていた。
書墨は静かに語る。
「私はもう十分生きました。」
「これからは雲祈にあなたを支えてもらってください。」
幼い頃から苦楽を共にしてきた二人。
主従でありながら、家族以上の絆で結ばれていた。
越秦にとって書墨は、自分の半身ともいえる存在だった。
やがて書墨は穏やかな表情のまま息を引き取る。
越秦はその亡骸を抱きしめ、声もなく涙を流す。
人生の支えを失った喪失感は、あまりにも大きかった。
書墨を失った越秦は、自責の念に苦しむ。
木彫りだけを黙々と続けながら、自分の無力さを責め続ける。
「私がもっと強ければ……。」
そんな彼の前へ、眉林が静かに現れる。
悲しみに沈む越秦を励ますため、彼女は自ら刺繍を施した布を差し出した。
「一緒に書墨を故郷へ帰してあげましょう。」
その優しさに、越秦の張り詰めていた心は少しだけ救われる。
そして彼は最後にもう一度だけ願う。
「一緒に西焉へ来てほしい。」
しかし眉林は穏やかに微笑み、首を横へ振る。
「私はもう戻れません。」
復讐を果たすまでは、この地を離れることはできなかった。
別れ際、越秦は重要な証拠を眉林へ託す。
「誰にも利用されないで。」
「自分の手で運命を選んでください。」
その言葉には、彼女を守りたいという切実な願いが込められていた。
眉林は受け取った証拠を慕容璟和へ見せる。
しかし慕容璟和は苦笑する。
「越秦は、その証拠で私を牽制させたいだけだ。」
「だから、もう彼とは関わるな。」
眉林は思わず頬を膨らませる。
「そんなことで怒るなんて、本当に心が狭いですね。」
その言葉に慕容璟和は呆れたようにため息をつく。
(どうしてこんなにも鈍いんだ……。)
眉林は彼の本当の気持ちにまったく気づいていなかった。
一方の慕容璟和も、自分の胸に芽生えた想いをまだ素直に認められずにいた。
第10話 偽りの祝宴、揺れる想い
【第10話の見どころ】
眉林の誕生日をきっかけに、慕容璟和と越秦、それぞれの想いが大きく交錯する。甘く見えるひとときの裏では太子の疑念がさらに深まり、物語は青州事件の真相へと大きく動き出していく。
太子・慕容玄烈は、なおも慕容璟和を失脚させるための策を巡らせていた。
腕に火傷を負った十人の美人たちに関する手掛かりを、すべて景王へと結び付けるよう細工し、殷落梅との信頼関係まで壊そうと企んでいたのである。
幼い頃から続いてきた二人の絆を断ち切れば、景王はさらに孤立する――それが太子の狙いだった。
側近の王全は、扶芳斎での景王の行動を詳しく調べたものの、不審な点は見当たらなかったと報告する。
しかし慕容玄烈は首を横に振る。
「慕容璟和は、目的もなく動く男ではない。」
「必ず何か大きな計画を進めている。」
そう断言した太子は、扶芳斎で景王が取った一つ一つの行動を徹底的に洗い直すよう命じる。
さらに、眉林の監視も一層強化するのだった。
一方、慕容璟和の側でも事態は思うようには進んでいなかった。
西鉱へ送り込んだ配下から成果は得られず、青州事件に繋がる証拠は依然として見つからない。
慕容璟和は清宴へ命じる。
「お前が直接行け。」
「ただし、決して敵に気付かれるな。」
慎重に真相へ迫ろうとする景王だったが、清宴は不安を隠せなかった。
太子はすでに張印や李青の件を疑い始めている。
さらに扶芳斎や眉林の調査まで始まっている以上、秘密を隠し通せる時間は残り少なかった。
しかし慕容璟和は冷静だった。
「眉林は殺し屋として育てられた。」
「芝居などできない。」
だからこそ、余計な演技をさせるより自然に振る舞わせた方が疑われないと判断していた。
その頃、眉林は他の美人たちと舞の稽古に励んでいた。
しかし暗廠で育った彼女の身体には、長年染み付いた戦いの癖が残っている。
舞うたびに足さばきや腕の動きへ武術の型が現れ、美しい舞姫とは程遠い姿になってしまう。
それを見た慕容璟和は思わず笑みを浮かべる。
眉林は悔しさを噛みしめながら心の中で誓う。
「今度こそ、この舞を覚えてみせる。」
その真っ直ぐな負けん気に、慕容璟和は苦笑しながらも手を貸すことにした。
自ら太鼓を叩き、眉林の動きに合わせて拍子を取り、一つ一つ丁寧に教えていく。
しかし努力の甲斐も虚しく、指導役の嬷嬷からは「まだまだ」と一蹴されてしまう。
眉林は三時間もの間、罰として立たされることになる。
慕容璟和は何も言わず、清宴へ氷を用意させる。
疲れ切った眉林の足へそっと当てるその優しさに、嬷嬷も何も口を挟めなくなった。
宮中では、子顧公主がまたも騒動を起こしていた。
庭園で牡丹を白菜と勘違いし、掘り返そうとしていたのである。
そこへ皇帝が現れ、危うく庭園が荒らされるところだった。
慌てる子顧は言い訳をする。
「土を少し掘りたかっただけです。」
ちょうどその場へ越秦も訪れ、子顧は亡くなった人を偲ぶために土を集めていただけだと説明する。
事情を知った皇帝は笑みを浮かべ、子顧を咎めることはなかった。
その後、子顧は越秦へ不満をぶつける。
怒っていた理由は、書墨の容体を黙っていたことだった。
「私は別れが一番嫌いなの。」
越秦は静かに謝る。
「もう君に嘘はつかない。」
すると子顧は力強く答えた。
「今度は私が兄上を守る。」
兄を思う妹の優しさに、越秦は胸を打たれる。
その後、越秦は皇帝へ静かに願いを口にする。
「私は争うつもりです。」
「この世で唯一の家族を守りたい。」
そして妹・子顧を皇帝へ託す。
皇帝もまた、飾らない子顧の人柄を気に入り、穏やかな表情で見守るのだった。
一方、眉林は傷口へ薬を塗りながら物思いにふけっていた。
景王は敵なのか、それとも味方なのか。
彼の本心だけは、どうしても読み切れない。
そこへ親しい美人・阿梅が傷薬を借りにやって来る。
太子府へ向かう予定だと聞いた眉林は、不吉な予感を覚える。
危険な場所へ行ってほしくない。
そんな想いから薬を手渡すと、阿梅も礼として一冊の小さな冊子を贈る。
さらに仲間たちは、もうすぐ迎える眉林の誕生日を祝おうと準備を進めていた。
家族を失って以来、誕生日など忘れていた眉林にとって、それは思いがけない温かさだった。
そこへ越秦も現れる。
彼は自ら故郷の登果餅を作り、眉林のために持参していた。
「誕生日おめでとう。」
眉林は少し困ったように微笑む。
「本当の誕生日は分からないの。」
「でも、とても嬉しい。」
越秦はさらに、自身の大切な玉佩まで差し出す。
「どうか受け取ってほしい。」
しかし眉林が返事をする前に、慕容璟和が現れる。
明らかに機嫌の悪い様子で二人の間へ割って入り、会話を遮ってしまう。
眉林は静かに越秦へ告げる。
「私は誰にも命を預けません。」
それでも越秦は、何もできない自分の無力さを痛感するばかりだった。
その後、慕容璟和は眉林をある場所へ連れて行く。
夜空の下、無数の灯が川面へ映る幻想的な仙河。
「私が一番美しいと思う景色だ。」
そう語る慕容璟和の横顔を見つめる眉林は、一瞬だけ胸が高鳴る。
二人が並ぶ姿を見た人々は口々に噂する。
「景王は本当にあの娘を大切にしている。」
その言葉を偶然耳にした殷落梅は、複雑な表情を浮かべる。
幼い頃から知る慕容璟和が、他の女性へこれほど優しく接する姿を見るのは初めてだった。
眉林自身も、その優しさが本物なのか演技なのか分からなくなっていた。
しかし慕容璟和は静かに告げる。
「今日はお前の誕生日だから。」
「太子へ恋仲だと思わせるための芝居だ。」
その一言で、眉林は胸に芽生えかけた淡い期待を自ら打ち消す。
「そうだった。」
「全部、作戦なんだ。」
笑顔の奥で、小さな寂しさが静かに広がっていく。
その様子を遠くから見つめる殷落梅の胸にも、言葉にできない感情が渦巻いていた。
一方の太子は、この光景を別の意味で受け止める。
景王がここまで眉林を優遇する理由。
味覚を失った眉林へ誕生日を祝う姿。
それらを見た慕容玄烈は確信する。
「慕容璟和は恋に落ちた。」
そう思い込んだ太子は、景王最大の弱点を見つけたとほくそ笑む。
その夜、慕容璟和はさらに登果餅を用意して眉林へ差し出す。
一口食べた眉林は、亡き母が作ってくれた果餅を思い出し、懐かしさに胸が締め付けられる。
慕容璟和は優しく川面を見つめながら言う。
「水面を見てみろ。」
「母君の姿が浮かぶかもしれない。」
その言葉に眉林は堪えていた涙を流す。
失われた家族への想いは、今も決して消えてはいなかった。
慕容璟和は続けて告げる。
「まだ誕生日の贈り物は終わっていない。」
眉林は静かに願いを口にする。
「青州の仇を討ちたい。」
「父と母の分まで、生き抜きたい。」
その揺るぎない決意を聞いた慕容璟和は、何も言わず深く頷くのだった。
翌朝、眉林のもとへ景王から特別な贈り物が届けられる。
それは彼女だけに用意された、心のこもった特別なプレゼントだった。
その頃、太子は景王の行動を改めて分析し、自らの勝利を確信する。
「恋は人を弱くする。」
景王が眉林へ心を奪われた今こそ、付け入る最大の好機だと考えていたのである。
しかし、その予想を覆す知らせが清宴からもたらされる。
「王爺、李青は生きています。」
青州事件の重要証人が生存しているという事実は、止まっていた真相究明を再び大きく動かし始めるのだった。
第11話 偽りの勝利と託された想い
【第11話の見どころ】
張印を巡る景王と太子の駆け引きがついに決着を迎え、慕容璟和は大胆な一手で太子を追い詰めていく。一方、眉林への想いを隠し続ける景王の優しさが随所に描かれ、二人の距離はさらに近づいていく。
太子の陰謀は、静かに宮中全体へと広がり始めていた。
美人たちの一人・阿代は何者かに呼び出され、冷たい脅迫を受ける。
「これからも主の行動を監視しろ。」
「従わなければ命はない。」
拒否することさえ許されず、阿代は恐怖を胸に監視役を続けるしかなかった。
宮中では知らぬ間に、多くの者が太子の手駒として利用されていたのである。
一方、殷落梅は十人の美人たちの腕に残る火傷の痕について調査を続けていた。
同じように眉林の手首にも火傷の跡があるにもかかわらず、彼女だけが名簿に載っていない。
その違和感から、殷落梅はこの事件が単なる偶然ではなく、さらに大きな陰謀へ繋がっていると確信する。
侍女は景王こそ黒幕ではないかと推測するが、殷落梅は首を横に振る。
確かに疑わしい点はある。
しかし決定的な証拠は何一つ存在しない。
幼い頃から知る慕容璟和が、そのような卑劣な陰謀へ手を染めるとは、どうしても信じ切れなかった。
その頃、景王府にも待ち望んだ報告が届く。
清宴は慕容璟和へ静かに告げる。
「李青は生きています。」
しかも身を隠している場所は、西山鉱山だった。
慕容璟和はすぐに事情を理解する。
西山鉱山を守る盧林軍の守将・楊鎮は、すでに太子へ寝返っている人物だった。
だからこそ張印は、あえてその場所へ李青を隠したのである。
敵の懐に隠せば、誰も疑わない。
まさに「灯台下暗し」の発想だった。
しかし救出は容易ではない。
清宴は、西山鉱山は太子の監視が厳しく、李青を連れ出すのは極めて危険だと進言する。
慕容璟和も焦りを抑えながら、慎重に次の一手を考えるのだった。
一方、殷落梅の侍女は独断で眉林のもとを訪れる。
「あなたは西焉の間者でしょう。」
高圧的に責め立て、腕の傷まで知っている様子を見せる。
さらに突然、眉林の顔を傷つけようと刃を振り上げる。
その瞬間、殷落梅が現れ、侍女を厳しく叱責した。
「証拠もなく人を罪人扱いするな。」
殷落梅は依然として景王を完全には疑っていない。
だからこそ、眉林への一方的な決めつけを許さなかった。
一方の眉林は、自分だけでなく他の美人たちの命までも危険に晒されていることを改めて実感する。
景王府では、慕容璟和が重大な決断を下していた。
「罪のない命を守るには、張印を消すしかない。」
張印が生きている限り、太子は証拠隠滅のために次々と犠牲者を出す。
その連鎖を断ち切るため、慕容璟和はあえて張印を処分する計画を立てる。
さらに殷落梅の存在を巧みに利用し、この一連の出来事を皇帝へ信じ込ませようとしていた。
殷落梅は目の前の景王を見つめながらも、心のどこかで違和感を抱いていた。
彼はわざと冷酷で女好きな男を演じている。
その仮面の奥に、本当の慕容璟和が隠れていることを彼女は薄々感じ始めていたのである。
慕容璟和は眉林へ静かに告げる。
「三日後、ある場所へ来い。」
「すべての理由が分かる。」
眉林は何も聞かず、その言葉を信じることにした。
そして約束の日。
張印に変装した眉林は、太子の矢を張印へ突き立てるという大胆な芝居を演じる。
張印はもはや時間稼ぎもできず、その場で命を落とす。
知らせを受けた慕容玄烈は胸をなで下ろす。
唯一、自分を告発できる人物が消えたと安心したのである。
しかし、その勝利は長く続かなかった。
そこへ慕容璟和が姿を現す。
彼は太子へ意味深に告げる。
「今回は兄上の勝ちでしょう。」
「ですが、文華閣の火事によって、父上から築き上げた信頼はすべて失われます。」
その一言に太子の表情が曇る。
勝ったはずなのに、実際には大きな代償を払わされていた。
慕容玄烈は静かに弟へ言う。
「私は最初から、お前を殺すつもりはなかった。」
兄弟としての情だけは残していると語るが、その言葉が本心なのか、それとも駆け引きなのか誰にも分からなかった。
そこへ殷落梅が現れる。
太子は慌てて表情を取り繕う。
殷落梅は真正面から問いかけた。
「西焉の密偵事件とは何なのですか。」
慕容璟和は無言のまま太子へ視線を送り、説明を促す。
二人の間に隠された真実があることを、殷落梅も感じ取っていた。
そこで彼女は突然弓を差し出す。
「どちらが正しいのか、勝負で示してください。」
慕容玄烈は迷わず弓を受け取る。
しかし慕容璟和は受け取ろうとせず、静かに負けを認めた。
その姿を見た殷落梅は、どこか寂しそうな表情を浮かべる。
以前の景王なら、決して勝負から逃げる男ではなかったからである。
その後、太子は自らの生い立ちを殷落梅へ語り始める。
身分の低い出自であったこと。
皇后からは可愛がられたものの、周囲の使用人たちには常に見下されてきたこと。
殷落梅はその境遇へ同情を覚える。
しかし最後には静かに首を横へ振る。
太子が差し出した未来への約束を受け入れることはできなかった。
一方、慕容璟和は傷ついた眉林の姿を見て胸を痛める。
「誰かがお前を待っていると思えば、人は命を大切にする。」
その言葉には、眉林に生き続けてほしいという切実な願いが込められていた。
その頃、張印は幻覚の中で龐奇の姿を見る。
青州で命を落とした人々の亡霊へ向かって、涙ながらに罪を懺悔する。
慕容璟和は静かに呟く。
「彼らの犠牲を、闇に埋もれさせはしない。」
「必ず陽の下へ連れ戻す。」
その決意はますます固くなっていく。
そんな中、眉林は慕容璟和へ香袋を贈ろうと準備を始めていた。
針を動かしながら、幼い頃に母から言われた言葉を思い出す。
「いつか嫁ぐ日が来る。」
そう話す眉林へ、慕容璟和は冗談交じりに言う。
「婿入りは大変だぞ。」
和やかな空気の中、慕容璟和は隙を見て、眉林が大切にしていた母の形見の簪をこっそり持ち去る。
驚く眉林へ彼は微笑みながら告げる。
「太子を倒したら返してやる。」
それは約束であり、二人が未来へ進むための願掛けでもあった。
その頃、宮中では皇帝が太子を厳しく叱責していた。
部下を十分に統率できなかった責任を問い、厳しい言葉を浴びせる。
偶然その場を通りかかった殷落梅は、その様子を目にし胸を痛める。
一方、太子は父が弟ばかりを庇う姿に耐え難い屈辱を覚える。
心は怒りで満たされながらも、表向きは従順に頭を下げるしかなかった。
その姿を見た殷落梅は、彼から受け取った「必ず守る」という約束の書を見つめながら、心が大きく揺れ始める。
景王府では、慕容璟和が密かに新しい部屋を整えていた。
眉林が少しでも安心して暮らせるよう、日当たりや調度品にまで気を配っていたのである。
眉林は皇后が残した刺繍を眺めながら、前日に慕容璟和と過ごした時間を思い返す。
気づけば自然と笑みがこぼれていた。
そんな彼女を迎えた劉嬷嬷も、「ようこそ王府へ」と温かく迎え入れる。
景王府はいつしか、復讐だけを支えに生きてきた眉林にとって、少しずつ心を休められる居場所へ変わり始めていた。
第12話 すれ違う想い、忘憂花の約束
【第12話の見どころ】
仲間たちの死を巡り、眉林と慕容璟和の信頼関係が大きく揺らぐ第12話。越秦の秘めた覚悟、太子との危険な取引、そして誤解によって離れていく二人の切ない関係が胸を締め付ける。
西焉へ帰国する日が近づき、眉林は共に過ごしてきた美人たちへある知らせを伝える。
腕に火傷の痕がある者たちは、越秦と共に西焉へ帰ることになったのだ。
その知らせに安堵する者もいれば、複雑な表情を浮かべる者もいた。
家族に売られて宮中へ来た少女たちにとって、帰国は必ずしも希望ではない。故郷に戻っても迎えてくれる家族はおらず、居場所さえ失っている者も少なくなかった。
雨の降る夜、少女たちは身を寄せ合いながら未来について語り合う。
幼なじみとの恋。
家族との再会。
ささやかな夢。
そんな話を聞きながら、眉林はふと自分の胸に芽生え始めた感情に気づく。
その時、口にした菓子から微かな甘さを感じた。
長く失われていた味覚が戻り始めていたのである。
驚きと喜びに包まれた眉林は、真っ先にそのことを慕容璟和へ伝えようと駆け出そうとする。
しかし、その前に越秦が現れた。
越秦は眉林を救うため、自ら証人となって彼女の無実を訴えようとしていた。
だが、その努力は思うような成果を上げられない。
さらに彼は調査の中で、火傷を負った十人の美人たちの件に景王府も関わっている可能性を知る。
その事実に越秦は苦悩する。
権力者たちにとって、人は駒に過ぎない。
どれほど苦しもうと、命を落とそうと、勝敗の前では見向きもされない。
そんな現実に強い憤りを覚えていた。
一方、皇帝は慕容璟和と慕容玄烈の対立に頭を悩ませていた。
二人の争いは激しさを増し続けている。
しかしその間には眉林がおり、さらに殷落梅も関わっている。
その複雑な均衡が、かろうじて大きな衝突を防いでいた。
そんな中、子顧は皇帝へ茶を注いでいる最中に誤って茶器を倒してしまう。
皇帝はすぐに気づいた。
「何か頼み事があるのだろう?」
図星を突かれた子顧は慌てながらも本音を打ち明ける。
兄・越秦を見送りたいこと。
そして、眉林を自分の宮へ移してほしいこと。
子顧には二つの狙いがあった。
一つは眉林の身分を守ること。
そしてもう一つは、慕容璟和が本当に眉林を想っているのか確かめることだった。
皇帝はそんな彼女の無邪気な願いを面白そうに聞き入れる。
その頃、越秦は危険な賭けに出ていた。
彼は太子・慕容玄烈を訪ねる。
皇帝の好みや嗜好をまとめた情報を差し出し、太子へ忠誠を示したのだ。
太子は警戒しながらも興味を抱く。
越秦ははっきりと言った。
「私は太子殿下だけを支持します。」
さらに太子からの誘いの茶を受け取る。
それは東宮陣営へ加わるという意味だった。
眉林を守るため。
そして今までとは違う生き方を選ぶため。
越秦は危険を承知で太子との取引を受け入れたのである。
景王府では、清宴が主君の様子に違和感を抱いていた。
慕容璟和はここ数日、どこか落ち着かない。
そして彼は密かに命じる。
「頃合いを見て、私自身が眉林を迎えに行く。」
その言葉に込められた想いを、清宴は理解していた。
一方、仲間たちを見送った眉林は周囲に違和感を覚える。
護衛たちの様子が明らかにおかしい。
さらに越秦の近くにも見覚えのある兵がいる。
すぐには思い出せなかったが、帰路につく途中で気づいた。
彼らは東宮の人間だった。
不安を感じた眉林は越秦のもとへ向かおうとする。
しかしその矢先、皇帝の勅命によって子顧の宮へ留め置かれてしまう。
それでも眉林は諦めなかった。
どうしても越秦に会わなければならない。
その様子を知った慕容璟和も密かに人を付けて彼女を守らせる。
だが、そこで悲劇が起きる。
眉林が辿り着いた先で目にしたのは、共に暮らした美人たちの無惨な姿だった。
次々と命を落とした仲間たち。
その光景に眉林は崩れ落ちる。
「私のせいだ……」
自分が巻き込んだから皆が死んだ。
その思いに耐えられず、彼女は馬を駆って走り去る。
越秦は太子との取引を続けていた。
一方、現場へ到着した清宴は少女たちの亡骸を確認する。
怒りと悲しみが広がる中、眉林は慕容璟和のもとへ駆け込んだ。
そして感情を爆発させる。
「あの子たちはただの駒だったの?」
「傷があったから殺されたの?」
「駒は生まれた時から捨てられる運命なの?」
眉林の言葉は鋭く慕容璟和へ突き刺さる。
しかし慕容璟和は苦しげに答える。
「今の敵は太子だ。」
「だから勝たなければならない。」
それが現実だった。
だが眉林には受け入れられない。
命より大切な勝利など存在しない。
二人の価値観は真っ向からぶつかる。
そしてついに眉林は言い放つ。
「もうあなたとは一緒にいられない。」
二人の間に初めて深い亀裂が生まれるのだった。
しかし真実は違っていた。
慕容璟和が現場へ急行すると、彼は自分たちが越秦を見誤っていたことに気づく。
死んだと思われていた少女たちは生きていたのだ。
越秦は密かに彼女たちを救い出していたのである。
そして慕容璟和へ一通の手紙を託す。
「これを眉林へ。」
その中には越秦の願いと覚悟が記されていた。
一方、子顧は眉林へ真実を伝える。
慕容璟和は最後まで彼女を自分の元へ戻そうとしていたこと。
だが皇帝によって阻まれたこと。
眉林は初めてその事実を知る。
そこへ慕容璟和自身が現れ、越秦から預かった手紙を渡す。
しかし彼は何も弁解しない。
どんな言葉も今は届かないと分かっていたからだ。
眉林もまた静かに言う。
「私たちは最初から芝居だった。」
「なら、もう続ける必要はない。」
その言葉に慕容璟和は何も返せなかった。
その直後、慕容璟和は皇帝に呼び出される。
皇帝は彼へ厳命する。
「もう眉林に会うな。」
さらに殷落梅を呼び出し、婚姻の話を持ち出す。
しかし殷落梅は毅然と言った。
「私は春の狩猟大会で優勝した者に嫁ぎます。」
それは実質的に慕容璟和への挑戦状だった。
だが当の本人には、優勝する気配がまるでない。
その夜。
眉林は慕容璟和から贈られた品を開く。
中には彼女のために選ばれた特別な贈り物が入っていた。
優しさなのか。
策略なのか。
今の眉林には分からない。
子顧はそっと教える。
「景王は皇上に叱られて来られないだけ。」
しかし眉林は首を振る。
手元に残る忘憂花を見つめながら、彼女は心を閉ざそうとする。
もう期待しない。
もう傷つきたくない。
そう自分へ言い聞かせるのだった。
その頃、慕容璟和は遠くから眉林を見つめていた。
彼が描き、想いを込めて贈った絵は川へ流されていく。
その様子を偶然見ていた殷落梅もまた複雑な表情を浮かべる。
忘憂花が流されるように、二人の想いもまたすれ違い始めていた。
だが誰もまだ知らない。
この別れにも似た誤解が、やがて二人の運命を大きく変えていくことを。
春花焔~Kill Me Love Me~ 13話・14話・15話・16話 あらすじ

















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