長安のライチ 2025年 全35話 原題:长安的荔枝
第25話
10年前、李善徳は算学の才能を買われ、司農寺へ配属された。当時の同僚たちは、新入りの彼が役所で長く生き残れるはずがないと面白半分に賭けをしていた。しかし李善徳は周囲の雑音を気にすることなく、書庫で膨大な資料の整理に没頭する。やがて帳簿の不自然な記録から横領の痕跡を見つけ出し、真実を明らかにしようと徹夜で調査を進める。翌朝、集めた証拠を少卿へ提出するが、正義を貫いてくれると信じていた上司こそが汚職の黒幕だった。少卿は責任を孟主簿へ押し付け、自らは難を逃れる。何も知らない李善徳は、その一件によって多くの役人の恨みを買っていたことにも気付かないまま異動となり、上司の劉署令は厄介者を遠ざけるため、彼を庭園の草木の世話へ回してしまう。
現在に戻ると、趙辛民は鄭平安が持っていた「相思」と刺繍された丸扇に目を留め、不審な思いを抱く。それが想い人への贈り物ではないかと問い詰めるが、鄭平安は「相思を逆から読めば、常に右相を思っているという意味になる」と機転の利いた言い訳でその場を切り抜ける。趙辛民は納得したように立ち去るものの、心の中ではなお疑念を拭えずにいた。
一方、魚承恩は李善徳が長安へ戻ってきたことを知り、大きな衝撃を受ける。かつては取るに足らない役人だと見下していた男が、嶺南で荔枝の保存法を完成させ、兵部にまで直談判を続けるほどの執念を見せているからだ。もし荔枝輸送が本当に成功すれば、それは計り知れない功績となる。魚承恩はそこに大きな利益の匂いを感じ始める。
その頃、宮中では皇帝が最も愛する牡丹が害虫に侵されるという騒ぎが起きていた。誰も責任を負いたがらず途方に暮れる中、「もともと牡丹の管理は李善徳の担当だった」と思い出した役人たちは、彼を呼び戻して問題を押し付けようと画策する。
その頃の李善徳は、兵部へ申請書を提出するため、毎日のように門前へ通い続けていた。そこへ旧知の上林署の同僚が現れ、以前騙したのはやむを得なかったのだと殊勝な態度で謝罪し、署へ戻るよう勧める。人の良い李善徳はその言葉を信じ、再び上林署を訪れる。
劉署令は表向きは李善徳に同情し、「自分の力で兵部へ申請書を届けよう」と協力を申し出る。そして、ちょうど右相が牡丹を視察に来る予定だから、その場で直接願い出ればよいと門札まで渡して送り出す。李善徳はようやく好機が訪れたと胸を躍らせ、急いで後宮の庭園へ向かう。
しかし、庭園へ到着した李善徳は花職人たちから救世主のように迎えられ、自分がまた利用されたことを悟る。彼が呼ばれた理由は、右相への面会ではなく、害虫に苦しむ牡丹を救うためだったのである。
そこへ右相の代理として魚承恩が現れる。煙で害虫を追い払おうとしていた庭師たちを厳しく叱責し、高価な牡丹にこんな乱暴な方法を用いるとは何事かと怒りを露わにする。李善徳は右相が来ていないことを知り、顔を覆っていた布を外す。魚承恩は目の前の人物が李善徳だと気付き、態度を一変させる。
魚承恩は荔枝輸送の進捗を詳しく尋ね、自分が内廷の調達を担当する立場を利用すれば、複雑な手続きを省略できるかもしれないと持ち掛ける。そして申請書を預かり、翌日の同じ時刻に返答すると約束する。
希望を抱いた李善徳は、その出来事を韓十四へ報告する。しかし韓十四は魚承恩が功績を横取りすることで有名な人物だと警戒し、このままでは申請書だけを利用され、李善徳の苦労がすべて魚承恩の手柄になると危惧する。そして対抗策として、申請書とは別に感謝状を作り、太府寺や司農寺、尚食局など関係各所の名前も並べるよう助言する。多くの部署を巻き込めば、それぞれが自分たちの功績として後押しし、魚承恩も独占はできなくなるという作戦だった。
ところが翌日、約束の時間になっても魚承恩は姿を見せない。実は彼は申請書を読み込み、そこに李善徳が何度も失敗と実験を重ねて築き上げた貴重な成果が詰まっていることを理解していた。一方で、この巨大な事業を自分一人で引き受ける自信もなく、成功する保証もない。そこでまずは李善徳を待たせ、焦らせることで主導権を握り、より大きな利益を引き出そうと密かに企んでいたのだった。
第26話
10年前、李善徳が上林署へ配属されたばかりの頃、劉署令の命で楽遊苑の草花を管理する仕事を任されていた。ある日、宋監事とともに池へ鯉を放流する役目を命じられるが、宋監事は密かに池へ香椿の芽を投げ込む。それは鯉にとって猛毒であり、魚を死なせるための細工だった。驚いた李善徳は宋監事を問い詰め、すぐに劉署令へ訴えようとする。
しかし、それは上林署で長年続いてきた不正の一つだった。毒で鯉を死なせた後、新たな魚を購入すると偽って朝廷から予算を引き出し、その差額を私腹に入れる仕組みだったのである。事情を知らない李善徳は、不正を見逃すことはできないと真相究明を訴え続ける。
困り果てた劉署令は、事態を穏便に収めようと氷室から貢物として保管されていた高価な松江の鱸を二匹持ち出させ、宋監事に謝罪させるとともに李善徳へ贈ろうとする。しかし李善徳は「皇帝へ献上する魚を私物化するわけにはいきません」と受け取りを拒否し、あくまで真犯人を調べるよう求める。さらに、もし宋監事が犯人でなければ自分が一か月分の俸給を返上するとまで宣言し、その潔白を証明しようとする。
ところが役人たちは裏で結託し、毒死した鯉を生きた魚へすり替え、最初から異常などなかったように偽装してしまう。李善徳は魚が別物に替えられていることを見抜くが、全員が口裏を合わせて否定したため証明する術はない。結局、「根拠のない告発」をしたとして一か月の減俸処分を受けることになり、李善徳は官僚社会の理不尽さを身をもって知るのだった。
現在――。
李善徳は魚常侍にも約束を反故にされ、さらに苦労してまとめ上げた荔枝輸送計画まで利用されかねない状況に追い込まれていた。役所を信じ続けてきた自分があまりにも愚かだったと痛感し、荔枝輸送という危険な任務を引き受けたこと自体を後悔する。そしてついに「もう荔枝は運ばない」と投げ出そうとしてしまう。
そんな李善徳を励ますため、阿弥塔は彼の好物である胡餅を買って訪ねる。しかし李善徳の失意は深く、簡単には立ち直れない。そこで今度は阿弥塔が自らの胸の内を語り始める。父・海虎の仇である何有光を討ちたいという願いを抱きながらも、自分一人の力では何もできずにいる現実を打ち明ける。そして、証拠を集めるため再び嶺南へ戻る決意を固めたことを明かす。
もっとも、嶺南は何有光の支配する土地であり、阿弥塔が単独で戻れば命はない。そこで彼女は、李善徳の助手という公的な立場で同行すれば何有光も簡単には手出しできないと考える。そのためには荔枝輸送の正式な許可が不可欠だった。
阿弥塔は盧奐を訪ね、李善徳のために許可書を手に入れてほしいと懇願する。しかし盧奐は、今は右相が楊貴妃の誕辰祝いの準備に追われており、この時期に荔枝輸送が成功すれば右相だけが手柄を独占することになるとして協力をためらう。
それでも阿弥塔は諦めない。李善徳は欲得のためではなく、理不尽な命令を押し付けられただけの善人であり、このままでは必ず命を落としてしまうと訴える。さらに、何有光の罪を暴く決定的な証拠は趙辛民が握っているはずで、自分は嶺南へ戻って彼を味方につけるつもりだと語る。その覚悟を聞いた盧奐は計画自体には賛同し、自らは動けないものの、右相へ近づくための道筋を阿弥塔へ授ける。
一方、趙辛民は鄭平安の不自然な行動を思い返し、疑念を深めていた。女性物の扇子を持っていたことや以前からの不審な言動をつなぎ合わせ、彼は本当に馬帰雲なのかと疑い始める。妻からは何有光へ報告するよう勧められるが、長年屈辱を味わわされてきた趙辛民は従う気にはなれない。それどころか、自分が密かに握っている何有光の犯罪の証拠を利用し、いつか主人を失脚させようと決意する。
鄭平安もまた、自分の正体を疑われ始めたことに危機感を覚える。雲清は彼に、阿土が遺した何有光の罪の証拠を何としても探し出すよう命じる。
その頃、許楽平は李善徳から預かった件を魚常侍へ報告し、土産として玉露団子を贈る。機嫌を良くした魚常侍は、左蔵署・太府寺・兵部の役人たちを集めた私的な宴席を開く。そこで李善徳の荔枝輸送について必要な予算と許可を早急に認めるよう命じるが、役人たちは責任逃れの言い訳ばかり並べる。魚常侍が激怒すると、ようやく全員が承認へ向けて動くことを約束する。
一方、阿弥塔から十七娘の後ろ盾が右相であると聞いた李善徳は、その縁に最後の望みを託すことを決意する。十七娘へ右相への取り次ぎを頼み込むが、最初は冷たく断られ、借金の返済ばかり催促されてしまう。それでも李善徳は覚悟を示すため、唯一の財産である旧宅の権利書を担保として差し出す。その必死の姿に心を動かされた十七娘は、ようやく右相へ話を取り次ぐことを約束し、その夜のうちに魚常侍のもとへ向かうのだった。
第27話
9年前、十七娘こと丁瞳児の過去が明かされます。かつて愛する人と駆け落ちを試みた彼女でしたが、阿喬の裏切りによって連れ戻されることに。恋人の命を守るため、自ら平康坊に残る決断をした十七娘は、いつか迎えに来るという約束だけを胸に、孤独な日々を過ごしていました。しかし、待ち続けた相手は現れず、彼女の心には深い傷が残っていたのです。
一方、李善徳は荔枝(ライチ)輸送の資金と許可を得るため、十七娘に右相への取り次ぎを頼みます。しかし、彼女から渡された答えは非情なものでした。頼みの綱だった房契まで奪われ、追い出された李善徳は、激しい雨の中で絶望に打ちひしがれます。袖児のために残していた菓子を拾い上げながら涙を流す姿は、これまで決して弱音を吐かなかった彼の心が限界に達した瞬間でした。
そんな李善徳の前に現れたのが魚承恩です。彼はまるで救いの手を差し伸べるように、承認済みの書類を渡します。しかし、その裏には彼自身の思惑がありました。李善徳の努力を利用し、自分が大きな功績を得ようとしていたのです。魚承恩は右相が翌日東門を通るという情報を伝え、李善徳に最後の機会を与えます。
帰宅した李善徳を迎えた阿弥塔は、彼の表情から苦悩を察します。許可書を手に入れたものの、右相にどう話を通すべきか悩む李善徳に対し、阿弥塔は彼らしい方法を提案します。算科出身である彼の強みを生かし、数字と根拠を示して荔枝輸送の必要性を説明するべきだと助言します。
また阿弥塔自身も、李善徳が成功すれば自分が再び岭南へ戻り、父・海虎の死の真相を追う道が開けると考えていました。二人はそれぞれの目的を胸に、長安で最後の勝負に挑みます。
翌日、李善徳は東門で右相を待ちます。多くの人々が見守る中、彼は自らを荔枝使と名乗り、荔枝輸送計画を提示します。規則を破って道を塞いだことで処罰を受けることになりますが、右相は彼の熱意に興味を持ち、特別に話を聞くことを許します。
李善徳は限られた時間の中で、必死に輸送方法を書き上げます。その間、右相は見せしめとして兵士に李善徳の官服を着せ、代わりに罰を受けさせます。目の前で苦しむ兵士を見た李善徳は、一刻も早く計画を完成させようと筆を走らせます。
ついに完成した荔枝輸送計画を見た右相は、その緻密さに驚きを隠せません。李善徳はこの方法を右相へ献上し、必要な資金や人員の確保を訴えます。魚承恩の協力案については功績争いになる可能性を警戒されますが、韓十四が間に入り、まずは皇帝へ上奏し判断を仰ぐべきだと提案します。
李善徳自身も、莫大な費用と民への負担を考えれば、皇帝が中止を決めるなら受け入れる覚悟を示します。しかし、右相は荔枝輸送の本当の意味を語ります。それは単なる皇帝の嗜好ではなく、大唐の威信を示すためのものだというのです。
「皇帝が望むことは、必ず成し遂げる」
その言葉に誰も反論できません。こうして荔枝輸送計画は国家の威信をかけた事業として動き始めます。そして右相は李善徳に腰牌を授け、今後の行動を自由にする権限を与えます。
絶望の底から再び立ち上がった李善徳。果たして彼は、命懸けで挑む荔枝輸送を成功へ導くことができるのか。そして阿弥塔は父の仇である何有光を追い詰める証拠を手に入れられるのか。物語はいよいよ長安を舞台にした最後の戦いへ向かっていきます。
第28話
十七娘・薛瞳児の切ない過去がさらに明らかになります。かつて彼女と薛公子は互いに想い合い、将来を誓い合った恋人同士でした。しかし、阿喬の密告によって二人の関係は引き裂かれ、十七娘は愛する人と別れ、再び平康坊で生きていくことを余儀なくされます。
別れ際、十七娘は自分の大切な歩揺を薛公子へ託します。薛公子も「必ず金を稼ぎ、君を身請けする」と約束し、十七娘を迎えに行くため必死に努力を続けます。しかし、運命は残酷でした。薛公子が最終的に選んだ相手は、裕福な家の李家の娘。十七娘との約束は果たされることなく、彼女の心には深い傷だけが残りました。
そんな中、平康坊を訪れた高公公は、そこで働く小雲清に目を留めます。華やかな女性たちが並ぶ中、雑用をしていた幼い雲清を選んだ高公公。その裏には平康坊の闇と、権力者によって弱い者が踏みにじられる現実がありました。
一方、阿喬は十七娘から贈られた歩揺を持ち出し、人前で薛公子との関係を誇示します。かつて大切にしていた思い出の品を侮辱された十七娘は怒りを爆発させ、歩揺を手に阿喬へ向かいます。その瞬間、平康坊には大きな騒動が起こります。
まさにその時、盧奐が平康坊へ現れます。本来の目的は内部の裏切り者・鄭司丞を始末することでしたが、高公公の悪行も見逃さず、彼を倒します。混乱に乗じて小雲清は逃げ出し、後に空浪先生へと成長する運命の一歩を踏み出すことになります。
一方、李善徳は右相から授かった腰牌を手に、まず自分の身代わりとなって罰を受けた兵士のもとへ急ぎます。しかし、兵士はすでに重傷を負い、瀕死の状態でした。李善徳は自分の成功の裏で誰かが犠牲になっている現実を目の当たりにし、改めて責任の重さを感じます。
その後、李善徳はかつて勤めていた上林署を訪れます。彼が右相と直接話をしたことを知った宋監事たちは、態度を一変させ、これまでの態度を謝罪し始めます。しかし、劉署令だけは事情を知らず、以前と変わらぬ態度で李善徳を追い返そうとします。
ところが、司農寺少卿が現れた瞬間、状況は一変します。少卿は李善徳を見るなり頭を下げ、丁重に接します。その姿を見た劉署令はようやく、李善徳がすでに自分たちとは別世界の存在になったことを理解するのでした。
李善徳は上林署に荔枝輸送の会議場所を借りたいと申し出ます。すると劉署令は態度を改め、全面的な協力を約束。かつて彼を軽視していた人々が、今度はこぞって彼に取り入ろうとします。
さらに、李善徳が以前購入した玉露団を知った者たちは、競うように差し入れを届けます。庭には大量の菓子が積み上げられ、李善徳、韓十四、阿荔は食べきれないほどの玉露団を前に苦笑します。そんな中、十七娘も李善徳へ玉露団を届け、以前預かった老宅の房契を返却。さらに借金も帳消しにします。
その頃、魚常侍は右相の前で、自らの行動について説明していました。右相は、なぜ李善徳が危険を冒してまで自分を待ち伏せしたのか疑問を抱きます。魚常侍は自分が助言したことを認めますが、その裏にある功績への欲を右相は見抜いていました。
しかし、右相は魚常侍を切り捨てることなく、荔枝輸送の責任者として任せる決断をします。こうして、いよいよ国家規模の荔枝輸送計画が動き始めます。
翌日、各役所の人間が上林署へ集まり、我先にと意見を出し始めます。しかし、その多くは本当に李善徳を助けたいのではなく、成功した際の功績を得たいという思惑からでした。
魚常侍が会議に現れると、李善徳は過去に助けてもらった恩を公の場で語り、彼に意見を求めます。その瞬間、周囲の者たちは口を閉ざします。魚常侍が裏で大きな力を持ち、功績を求めていることを理解していたからです。
それでも李善徳は、誰か一人の手柄にすることを望みません。荔枝輸送の道を自分の名で呼ぼうとする提案にも反対し、あくまで成功のために各部署へ役割を振り分けます。
しかし、必要経費は想定以上に膨れ上がります。それでも各役所は次々と資金提供を申し出ます。表向きは協力ですが、その裏には「荔枝輸送成功の功績を得たい」という官僚たちの思惑が渦巻いていました。
果たして、李善徳はこの複雑な官場の駆け引きを乗り越え、本当に荔枝を長安へ届けることができるのか――。成功への道が開かれる一方で、新たな試練が始まろうとしていました。
















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